反日はどこからくるの
反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。
スターリニズムに沈黙して日本を断罪する異様
1949年、訪ソ時の毛沢東とスターリン
【wiki】毛沢東
【正論】
冷戦勝利の歴史観で現代史語れ 東京基督教大学教授・西岡力
この8月に多くのマスコミが行った戦後70年キャンペーンに強い違和感を覚え続けた。私は本年2月24日本欄で、なぜ、70年前の敗戦にだけこだわるの か、「第3次世界大戦」とも言うべき冷戦において、わが国は自由民主主義陣営に加わって、24年前、ソ連が崩壊したときに勝利したという観点に立つべきだ と主張した。
冷戦勝利の歴史観で現代史語れ 東京基督教大学教授・西岡力
この8月に多くのマスコミが行った戦後70年キャンペーンに強い違和感を覚え続けた。私は本年2月24日本欄で、なぜ、70年前の敗戦にだけこだわるの か、「第3次世界大戦」とも言うべき冷戦において、わが国は自由民主主義陣営に加わって、24年前、ソ連が崩壊したときに勝利したという観点に立つべきだ と主張した。
20世紀の世界史を回顧するとき、ナチズムとスターリニズムという「二つの怪物」によって、人類がいかに苦しめられたかを無視することはできない。
《なぜソ連の侵略に言及しないか》
ユダヤ人数百万人を迫害・殺戮(さつりく)したナチズムは人類史の大きな汚点だが、平時に数千万人の自国民を死亡させたスターリンのソ連、毛沢東の中国、死者は数百万人だが人口比ではむしろ多いポル・ポトのカンボジアと、金正日の北朝鮮もまた同様である。
ユダヤ人数百万人を迫害・殺戮(さつりく)したナチズムは人類史の大きな汚点だが、平時に数千万人の自国民を死亡させたスターリンのソ連、毛沢東の中国、死者は数百万人だが人口比ではむしろ多いポル・ポトのカンボジアと、金正日の北朝鮮もまた同様である。
「侵略」を議論するなら、日ソ中立条約を一方的に破って参戦したスターリンのソ連が、北方領土を武力で強奪し、60万人のわが国軍人をシベリアに強制連行
して6万人の犠牲者が出たこと、満州で150万の邦人に対して行った強姦、暴行、強盗、殺害はどれも当時の国際法に明白に違反する侵略であった。
安倍晋三首相の戦後70年談話のための「21世紀構想懇談会」が、日本の侵略行為のみを議論しながら、日本が被害にあったソ連の侵略については、議題にもしないというおかしな姿勢をとった責任は大きい。
《変わらない左翼のやり口》
ソ連をリーダーとする共産陣営こそが世界革命を目指す「力による現状変更勢力」だと分かった米国は、日本を東アジアにおける価値観を共有する同盟国として認識し、再軍備を求めた。
《今も続く東アジアでの戦い》
1991年にソ連が崩壊したとき、日本は冷戦勝利陣営の一員として自由と繁栄を享受していた。中国も毛沢東の死後、80年代に計画経済を捨てて市場経済を 採用することにより、体制競争では敗北した。ただし、政治面では一党独裁下での抑圧政策や対外膨張主義は変わっていない。北朝鮮ではいまだに3代世襲独裁 政権の下で人民への人権侵害と外国人拉致は国連によって「人道に対する罪」と規定されるに至っている。その上、日本を射程に入れた弾道ミサイルを実戦配備 している。
産経ニュース2015.9.3
http://www.sankei.com/column/news/150903/clm1509030001-n1.html
安倍晋三首相の戦後70年談話のための「21世紀構想懇談会」が、日本の侵略行為のみを議論しながら、日本が被害にあったソ連の侵略については、議題にもしないというおかしな姿勢をとった責任は大きい。
同懇談会の報告書は、安倍談話とは違って納得できない部分が多い。特に、日韓関係に関して調査もせずに謝罪し、その後も事実関係に踏み込んだ反論をしないで自らゴールポストを下げた外務省の失敗を指摘しないことを、後日きちんと批判したいと思っている。
戦後の日本の歩みについての議論でも、日本が自然に自由民主主義の側に立ったかのような見方が多くのマスコミの主流になっている点が不満だ。
米国は当初、東アジアの秩序は「中華民国」をリーダーにして維持し、日本は非武装の弱小国にしておくという占領政策を採った。それが間違いだと分かるのが
ソ連をバックにして、毛沢東が1949年に共産中国を建国し、1950年に金日成が南進し、朝鮮戦争を起こしたときからだ。《変わらない左翼のやり口》
ソ連をリーダーとする共産陣営こそが世界革命を目指す「力による現状変更勢力」だと分かった米国は、日本を東アジアにおける価値観を共有する同盟国として認識し、再軍備を求めた。
日本もソ連とは講和せず、米国をはじめとする自由主義諸国とだけ講和する道を選び、その上で、米国と同盟を結んで独立回復後も米国軍の駐屯を続けさせ、冷戦を戦う一翼を担った。
日本が独立を回復した1952年4月は、朝鮮戦争のさなかだった。翌53年7月、休戦が成立するまで、日本は米軍を中心とする国連軍の後方基地として間接
的に共産軍と戦った。北朝鮮を支持する勢力は、日本国内で米軍基地に火炎瓶を投げるなど、共産軍のための闘争をつづけていた。日本の再武装は当初、国内の
共産勢力の武装蜂起を抑えることを第一の目標としていた。
これらは国内で社会党、共産党など左派勢力や朝日新聞などを拠点
とするいわゆる「進歩的知識人」の大反対のなかでなされたわが国の選択だった。その選択は正しかった。彼らの多くは当初から自衛隊の存在を「違憲」だと主
張し、ソ連ぬきの講和を「片面講和」だと非難し、日米安保条約を「米国の戦争に巻き込まれる」と反対した。また、自分たちの偏った主張を通すために「民主
主義の否定」だという乱暴な理屈をつけて、国会にデモをかけるというやり口は、現在までも変わらない。《今も続く東アジアでの戦い》
1991年にソ連が崩壊したとき、日本は冷戦勝利陣営の一員として自由と繁栄を享受していた。中国も毛沢東の死後、80年代に計画経済を捨てて市場経済を 採用することにより、体制競争では敗北した。ただし、政治面では一党独裁下での抑圧政策や対外膨張主義は変わっていない。北朝鮮ではいまだに3代世襲独裁 政権の下で人民への人権侵害と外国人拉致は国連によって「人道に対する罪」と規定されるに至っている。その上、日本を射程に入れた弾道ミサイルを実戦配備 している。
日本は70年前、ナチズムのドイツと同盟を結ぶという間違いを犯したが、敗戦後は自由民主主義陣営に加わり、共産
主義勢力と対峙してきた。ソ連崩壊後の今も東アジアでその戦いは続いている。中国と北朝鮮の2大全体主義政権の自由化を実現することこそが、冷戦の最終勝
利だ。
この冷戦勝利の歴史観こそが、安倍首相談話に付け加えられるべき最後の部分ではなかったかと私は思っている。来年はソ連崩壊25年すなわち「第1次冷戦勝利25周年」だ。いまから、それに備えて現代史の議論を深めていきたい。(にしおか つとむ)産経ニュース2015.9.3
http://www.sankei.com/column/news/150903/clm1509030001-n1.html
【正論】
国の安保危うくする歴史の譲歩 京都大学名誉教授・中西輝政
これだけ見せつけられれば、もはや国会で審議中の安全保障関連法案の成立に反対する人はいなくなるだろう。9月3日の中国・北京での「抗日戦争勝利70年」を記念した軍事パレードを見て強くそう思った。
あの日、天安門の上に並んで軍事パレードを閲兵していたのは、クリミアの侵略者となったロシアのプーチン大統領と、南シナ海と東シナ海で現に侵略を進める中国の習近平主席の両首脳であり、この巨頭たちの姿は、かつて多くの衛星国の首脳を従えクレムリンの台上に並んでいたスターリンと毛沢東の姿にまさに二重写しであった。
それゆえ9月3日付の本欄で西岡力氏は、今こそ「冷戦は終わっていなかった」という認識の大切さを強調しておられた。
http://www.sankei.com/column/news/150915/clm1509150001-n2.html
国の安保危うくする歴史の譲歩 京都大学名誉教授・中西輝政
これだけ見せつけられれば、もはや国会で審議中の安全保障関連法案の成立に反対する人はいなくなるだろう。9月3日の中国・北京での「抗日戦争勝利70年」を記念した軍事パレードを見て強くそう思った。
≪メディアの際立った二面性≫
実際、日本のテレビ各局の報道も、中国のこの「戦後70年」記念行事の本質をこぞって、膨張する中国による「強大な軍事力の誇示」と大々的に報じた。特に 軍事パレードで登場した、米海軍の空母、日本列島やグアムにある米軍基地さらには米本土を直撃する中国軍の最新鋭のミサイル戦力が、日本の安全保障やアメ リカによる日本への「核の傘」に与える深刻な脅威を、各メディアは専門家の解説入りで詳しく報道していた。
実際、日本のテレビ各局の報道も、中国のこの「戦後70年」記念行事の本質をこぞって、膨張する中国による「強大な軍事力の誇示」と大々的に報じた。特に 軍事パレードで登場した、米海軍の空母、日本列島やグアムにある米軍基地さらには米本土を直撃する中国軍の最新鋭のミサイル戦力が、日本の安全保障やアメ リカによる日本への「核の傘」に与える深刻な脅威を、各メディアは専門家の解説入りで詳しく報道していた。
当然、こうした認識を踏まえれば、現行の日本の安全保障体制は根底から揺らいでいることがわかり、安保法案は最低限の必要を満たすもの、ということもわかるだろうと思ったのである。
ところが、あれほど差し迫った調子で膨張する中国の「軍事的脅威」を報じていた当の同じメディアが、安保法案の報道になると、まるで手のひらを返したよう
に旧態依然の非武装的平和主義の議論を繰り返している。あたかも「あれはあれ、これはこれ」とまったく無関係の話題として扱っているかのようだ。この際
立った二面性は一体、どこから来るのか。
それには大略、2つの理由があろう。1つは「世界認識の誤り」である。
それには大略、2つの理由があろう。1つは「世界認識の誤り」である。
現代の世界では、国民の安全を守るための最も重要な手段は依然として軍事力をはじめとする国家のもつ力(パワー)に依存せざるを得ず、今のところその各国
家の力を互いに均衡させることによってしか平和は保てない。しかしこの認識が戦後日本では極端に希薄なのであり、その根底に2つ目の理由、すなわち「歴史
認識の誤り」がある。
つまり、かつてのあの「邪悪な侵略戦争」をしたこの日本の軍隊(自衛隊のこと)は、他のどの国の軍隊よりも「悪い存在」「特に警戒すべき存在」と日本人自身がとらえてしまうのである。
≪終わっていない東アジアの冷戦≫
そうすると、たとえ外界にどれほど深刻な変化があっても、それに対して日本が軍事的な抑止力を高めようとすると、むしろそれこそが平和を壊す「異次元の悪」として忌避すべきものとなる。ここに、いつまでも自虐史観に囚(とら)われることの恐ろしさがあるのである。 あの日、天安門の上に並んで軍事パレードを閲兵していたのは、クリミアの侵略者となったロシアのプーチン大統領と、南シナ海と東シナ海で現に侵略を進める中国の習近平主席の両首脳であり、この巨頭たちの姿は、かつて多くの衛星国の首脳を従えクレムリンの台上に並んでいたスターリンと毛沢東の姿にまさに二重写しであった。
それゆえ9月3日付の本欄で西岡力氏は、今こそ「冷戦は終わっていなかった」という認識の大切さを強調しておられた。
氏はそこで私も委員の一人として関係した安倍晋三首相の戦後70年談話のための「21世紀構想懇談会」の報告書を取り上げ、「安倍談話とは違って(同報告
書には)納得できない部分が多い」と指摘している。(実は私も同意見だが)その理由の一つとして、同報告書がこの東アジアの冷戦も含め、過去100年間の
共産主義による大規模な虐殺や主権・人権侵害をまったく捨象している点を挙げ、報告書を厳しく批判する。
≪問題多い有識者懇談会の報告書≫
正鵠(せいこく)を射た意見と思うが、関係者の一人として(すでに多くの委員が私の名前も含め懇談会での議論の内容を明らかにしておられるので)信義則に 反しない範囲で言及すれば、実は私は西岡氏の指摘する諸点についても懇談会で繰り返し提起したが、中国共産党への迎合からか、報告書では取り上げられるこ とはなかった。
これらは私を含む複数の委員の反対によってかろうじて最終的には削除さ れたが、もはや表面上、痕跡をとどめていなくとも、こういった際どい個所が他にも多数あったのである。これ以上詳しいことは時が来るまで語れないが、歴史 問題での無原則な譲歩がやがて国の安全保障を根底から危うくすることを知るべきだ。
外国製の歴史観に則(のっと)って過去の日本を一方 的に断罪し、それを誤って“歴史の教訓”とすることと、強大なミサイル戦力を見せつけられても、なお「非武装」の理想にしがみつこうとするのは、国家観の 喪失という点で同根の危うさを宿しているのである。(なかにし てるまさ)
産経ニュース2015.9.15≪問題多い有識者懇談会の報告書≫
正鵠(せいこく)を射た意見と思うが、関係者の一人として(すでに多くの委員が私の名前も含め懇談会での議論の内容を明らかにしておられるので)信義則に 反しない範囲で言及すれば、実は私は西岡氏の指摘する諸点についても懇談会で繰り返し提起したが、中国共産党への迎合からか、報告書では取り上げられるこ とはなかった。
これ以外にも、同報告書の当初案には中国との和解に必要な具体策の提言として、靖国神社のいわゆる「A級戦
犯」分祀(ぶんし)の推進ないし「代替施設」建設の必要性を謳(うた)った個所があり、さらに慰安婦に対する日本政府の一層の謝罪と補償ないし賠償のため
の新たな基金を日本政府が設けるよう求める趣旨の提言もあった。
≪問題多い有識者懇談会の報告書≫
正鵠(せいこく)を射た意見と思うが、関係者の一人として(すでに多くの委員が私の名前も含め懇談会での議論の内容を明らかにしておられるので)信義則に 反しない範囲で言及すれば、実は私は西岡氏の指摘する諸点についても懇談会で繰り返し提起したが、中国共産党への迎合からか、報告書では取り上げられるこ とはなかった。
これ以外にも、同報告書の当初案には中国との和解に必要な具体策の提言として、靖国神社のいわゆる「A級戦
犯」分祀(ぶんし)の推進ないし「代替施設」建設の必要性を謳(うた)った個所があり、さらに慰安婦に対する日本政府の一層の謝罪と補償ないし賠償のため
の新たな基金を日本政府が設けるよう求める趣旨の提言もあった。正鵠(せいこく)を射た意見と思うが、関係者の一人として(すでに多くの委員が私の名前も含め懇談会での議論の内容を明らかにしておられるので)信義則に 反しない範囲で言及すれば、実は私は西岡氏の指摘する諸点についても懇談会で繰り返し提起したが、中国共産党への迎合からか、報告書では取り上げられるこ とはなかった。
これらは私を含む複数の委員の反対によってかろうじて最終的には削除さ れたが、もはや表面上、痕跡をとどめていなくとも、こういった際どい個所が他にも多数あったのである。これ以上詳しいことは時が来るまで語れないが、歴史 問題での無原則な譲歩がやがて国の安全保障を根底から危うくすることを知るべきだ。
外国製の歴史観に則(のっと)って過去の日本を一方 的に断罪し、それを誤って“歴史の教訓”とすることと、強大なミサイル戦力を見せつけられても、なお「非武装」の理想にしがみつこうとするのは、国家観の 喪失という点で同根の危うさを宿しているのである。(なかにし てるまさ)
http://www.sankei.com/column/news/150915/clm1509150001-n2.html
http://mainichi.jp/select/news/20150904k0000m030087000c.html
言論弾圧と騒がないサヨクと火病る韓国
駐日韓国大使、本社に抗議 記事削除を要請 本社社長拒否
韓国の柳興洙駐日大使は15日、産経新聞社を訪れ、産経新聞のウェブサイト「産経ニュース」と「SANKEI EXPRESS」紙(8月30日付)に掲載 された野口裕之・本紙政治部専門委員の「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」と題された記事について、「憤りを覚える内容で朴槿恵大統領や韓 国国民を冒涜している」と述べ、記事の削除と謝罪を要請した。
産経ニュース2015.9.15
http://www.sankei.com/world/news/150915/wor1509150039-n1.html
(未だに韓国が何にそんなに怒っているのか理解できないワタクシ)韓国の柳興洙駐日大使は15日、産経新聞社を訪れ、産経新聞のウェブサイト「産経ニュース」と「SANKEI EXPRESS」紙(8月30日付)に掲載 された野口裕之・本紙政治部専門委員の「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」と題された記事について、「憤りを覚える内容で朴槿恵大統領や韓 国国民を冒涜している」と述べ、記事の削除と謝罪を要請した。
また、柳大使は朴大統領の訪中について、「日中韓首脳会談の開催に消極的だった中国から前向きな回答を引き出した」と強調、大統領の訪中を「事大主義」と論評した同記事を批判した。
これに対し、産経新聞社の熊坂隆光社長は「記事は記者の自由な論評、評論であり、削除や謝罪をする考えはない。自由なジャーナリズムの表現は自由な社会を構成する要素のひとつだ」と要請を拒否した。
記事は韓国外交の特徴として事大主義を挙げ、朴大統領の抗日戦勝70周年記念軍事パレードへの参観を例として取り上げた。産経ニュース2015.9.15
http://www.sankei.com/world/news/150915/wor1509150039-n1.html
加藤達也記者が出国禁止になった時にもおサヨク様は静かでしたよねぇ
産経記者の人権は守らなくていいとお考えなんでしょうか
おサヨク様は好ましい人権とそうでない人権とを選別する差別主義者ということが明らかに(知ってた
抗議された野口裕之氏の記事は面白い
他のも面白い
動画も面白い
前にも貼ったけど
【youtube】【野口裕之】"哀愁"漂う韓国軍の軍事力整備[桜H25/9/27]
→マンホールに落ちる「韓国」戦闘機 “外華内貧”韓国の史上最悪「軍備」
【野口裕之の軍事情勢】
米中二股 韓国が断ち切れぬ「民族の悪い遺産」
韓国外交を眺めていると、中島みゆきさんの名曲《時代》が、どうしても頭に浮かぶ。
米中二股 韓国が断ち切れぬ「民族の悪い遺産」
韓国外交を眺めていると、中島みゆきさんの名曲《時代》が、どうしても頭に浮かぶ。
♪めぐるめぐるよ時代はめぐる 別れと出会いをくり返し
時代を《事大》に置き換えると、韓国外交哀史が鮮やかに浮かび上がる。《事大主義》とは《小》が《大》に《事(つか)える》こと。強国に弱国が付き従う外交形態を指す。
「事大主義」が貫く外交
李氏朝鮮(1392~1910年)も末期、清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった。その DNAを色濃く継承する韓国は、李氏朝鮮の再来を思わせる見事な「事大ブリ」を披露する。最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には自ら身をささげ、 朴槿恵(パク・クネ)・大統領(63)は北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する。いずれも米政府の反対をすり抜けたばかりか、 中国の「目」を気にして、米政府の高高度防衛ミサイル配備提案も中ぶらりんにしたまま。
ところが、だ。北朝鮮軍の砲撃を受け、米軍には 後詰めではなく、共同対処をお願いする始末。まさに《事大》は《めぐる》が、朝鮮が事大先を替える度、わが国は存亡の危機に瀕してきた。日本が独立を促す と、清にすり寄り日清戦争(1894~95年)の火ダネを造った。日本が勝ち、朝鮮を独立させるやロシアにすがり、日露戦争(1904~05年)誘因の一 つを造った。朝鮮→韓国が《別れと出会いをくり返》すと、日本は大厄災に遭う。
閔妃をめぐる朝鮮倒錯史
李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。第26代王・高宗(1852~1919年)の妃・閔妃(ミンピ、1851~95年)である。以下、かなり“年季”が入っている「朝鮮半島倒錯史」の、ほんの一部をたどってみる。
【第三幕】王宮を脱出した閔妃は、朝鮮駐屯の清軍を頼る。清は反乱鎮圧などを口実に漢城(ソウル)に増派し、反乱を指揮したとして大院君を清に幽閉する。閔妃は、清に依存を深めていく。
皮肉な北の「主体思想」
【第五幕】清の威を借る閔派の事大政策の陰で、高宗はロシア南下を警戒する英国などを牽制すべく、ロシアに積極的に秋波を送る。同時に、欧米に盛んに公使を派遣してもいる。清は警戒を強め、日本の要請もあり、大院君を朝鮮に帰す。
【第九幕】閔派は95年、ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される。
(政治部専門委員 野口裕之/(SANKEI EXPRESS))
産経ニュース2015.8.31
http://www.sankei.com/premium/news/150831/prm1508310009-n1.html
李氏朝鮮(1392~1910年)も末期、清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった。その DNAを色濃く継承する韓国は、李氏朝鮮の再来を思わせる見事な「事大ブリ」を披露する。最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には自ら身をささげ、 朴槿恵(パク・クネ)・大統領(63)は北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する。いずれも米政府の反対をすり抜けたばかりか、 中国の「目」を気にして、米政府の高高度防衛ミサイル配備提案も中ぶらりんにしたまま。
ところが、だ。北朝鮮軍の砲撃を受け、米軍には 後詰めではなく、共同対処をお願いする始末。まさに《事大》は《めぐる》が、朝鮮が事大先を替える度、わが国は存亡の危機に瀕してきた。日本が独立を促す と、清にすり寄り日清戦争(1894~95年)の火ダネを造った。日本が勝ち、朝鮮を独立させるやロシアにすがり、日露戦争(1904~05年)誘因の一 つを造った。朝鮮→韓国が《別れと出会いをくり返》すと、日本は大厄災に遭う。
北朝鮮軍の地雷で韓国軍下士官2名が重傷を負
い、韓国軍は拡声器を使った北非難を再開した。これに対し、北朝鮮軍は砲撃してきたが、韓国軍は「7倍返し」で応射。朴氏も、北の挑発には現場指揮官の即
断で報復攻撃を実施するROE(交戦規定)を許可した。強気の背景には北の局地的軍事挑発に単独で対抗してきた韓国軍に、在韓米軍が初めて共同対処する方
針が決断されたためでもある。
過度な米軍依存の正否は、わが国も検証の必要がある。ただ、日本外交のブレ幅は韓国に比べマシ。外交路線決定は独立国家の権利とはいえ、韓国には米国の頭ごなしに中国と誼を通じることがはばかられる合理・道義的理由が存在する。朝鮮戦争(50~53年休戦)で中国軍はソウルの南まで侵攻。主力の米軍は友軍・韓国軍の弱さも手伝い14万以上の死傷者を出した。韓国にとり中国は侵略者だが、韓国は“国家”ぐるみの倒錯に痛痒を感じない。というか、倒錯への自覚・感覚がない。閔妃をめぐる朝鮮倒錯史
李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。第26代王・高宗(1852~1919年)の妃・閔妃(ミンピ、1851~95年)である。以下、かなり“年季”が入っている「朝鮮半島倒錯史」の、ほんの一部をたどってみる。
【第一幕】閔妃は実権を義父・興宣大院君(1820~98年)から奪うや、大院君の攘夷政策を一転、開国路線に舵を切り、欧露に先駆けて真っ先に日本と外交条約を締結。日本は朝鮮を、清の冊封より独立した国家主権を持つ独立国である旨を明記、軍の近代化に協力した。
【第二幕】結果、新旧2種の軍が並列。そこに旧式軍隊の待遇・給与未払い問題が絡み、旧式軍隊と大院君派が呼応して1882年、大規模な反乱《壬午事変》
を起こす。閔派は無論、近代化を果たした日本に学び、朝鮮を清から完全独立させ、立憲君主国を目指す開化派、さらに日本人を殺害・駆逐。大院君は復権す
る。【第三幕】王宮を脱出した閔妃は、朝鮮駐屯の清軍を頼る。清は反乱鎮圧などを口実に漢城(ソウル)に増派し、反乱を指揮したとして大院君を清に幽閉する。閔妃は、清に依存を深めていく。
(-_-) 日本も日本公使館警備に向け条約を結び、朝鮮に派兵し、日清戦争の火ダネとなる。
【第四幕】開化派は閔妃の清服属に反発し84年、クーデター《甲申政変》を決行する。清や妻=閔一族に実権を握られていた王・高宗もクーデターを快諾した。が、閔派の通報を受けた清が1500名を派兵。高宗の求めで、王宮警護に就いていた日本公使館警備部隊150名との間で戦闘となる。結局、3日で制圧される。
日清間で85年、双方の撤兵と、やむを得ず出兵するに当たっての事前通告義務をうたった《天津条約》を締結する。条約により日本は、朝鮮の独立を担保しようと考えたのだ。
(-_-) 日清開戦は一旦は回避されたものの、第五幕以降も止まぬ混乱の連鎖で、両国の緊張は高まるばかり。皮肉な北の「主体思想」
【第五幕】清の威を借る閔派の事大政策の陰で、高宗はロシア南下を警戒する英国などを牽制すべく、ロシアに積極的に秋波を送る。同時に、欧米に盛んに公使を派遣してもいる。清は警戒を強め、日本の要請もあり、大院君を朝鮮に帰す。
【第六幕】役人の汚職や増税に怒る農民が新宗教と結び付いて94年《甲午農民戦争》を起こす(大院君の陰謀説アリ)。一揆は朝鮮軍を撃破し続け、閔派はまたも清に援軍を求める。
(-_-) もはや一刻の猶予もならなかった。かくして、日清戦争の戦端が開かれる。
【第七幕】戦争直前には、日本の支援で閔派排除のクーデターを起こし開化派+大院君派は政権を樹立。だのに戦時中、大院君は開化派の暗殺をくり返し、前述の新宗教・農民勢力と清軍に工作し、日本軍を挟撃せんとした。
【第八幕】日本の日清戦争勝利で朝鮮は清の冊封体制からようやくはい出る。大院君派が再び力を付け、逆に清という後ろ盾を失った閔派は衰退する。【第九幕】閔派は95年、ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される。
もう、何が何だか分からない。朴氏の父、朴正煕(パク・チョンヒ)・元大統領(1917~79年)は暗殺される前《民族の悪い遺産》の筆頭に事大主義を挙
げ、改革を模索した。皮肉にも、北朝鮮は《悪い遺産》を嫌悪し自主・自立を意味する《主体思想》を看板に、米国と対立するのみならず、中国にも反発し始め
た。
ところで、韓国軍は抗日軍事パレード参加を見送るようだ。豊臣秀吉(1537~98年)の朝鮮出兵時、明(中国)軍の一翼として行軍した李氏朝鮮軍と同様の“事大絵巻”が観られないのは、少し残念な気もする。(政治部専門委員 野口裕之/(SANKEI EXPRESS))
産経ニュース2015.8.31
http://www.sankei.com/premium/news/150831/prm1508310009-n1.html
大変印象深かった朝鮮日報の反応
【コラム】産経新聞対処法
日本人の友人が 私に「産経新聞は日本人もいくらも見ない新聞だから、周りの人で誰かがその新聞を読んでいると聞いたら、『ああ、ちょっと変わった人なんだな』と思うよ」 と教えてくれた。産経新聞が朴槿恵(パク・クンヘ)大統領を朝鮮王朝時代の王妃・閔妃(死後に明成皇后)になぞらえ、「閔妃暗殺」うんぬんするコラムをイ ンターネット上に掲載した後のことだった。友人は、おそらく私をいたわるのと同時に、次のような質問もしたかったのだろう。「もともとそういう新聞なの に、なぜそんなに腹を立てるの?」と。
そのコラムを初めて読んだ時、実は私は「閔妃暗殺」の4文字ではなく別の部分にまず驚いた。文章の途中に音符や顔文字が出てくるのだ。軽い感じで侮辱したかったのだろうか? 論旨が行ったり来たりしていて、訓練を経た記者が書いた文章とは思えなかった。調べてみると、ベテラン記者が書いた文章だった。
(音符があるのは歌詞の引用だから)
その文章では、中国は6・25戦争(朝鮮戦争)の時に韓国を侵攻したのに、韓国は自尊心もなくそのような国に傾倒しているとして「倒錯」という言葉が使わ れていた。「性倒錯」という時の、あの「倒錯」だ。奇妙な物差しだと思った。このような物差しで世界を見れば、安倍晋三首相が日本に原子爆弾を投下した米 国の議会で「過去の敵は今日の友」と演説したことを何と言えばいいのか。安倍首相はその後、自身の名(Abe=あべ)をリンカーン大統領の愛称(Abe= エイブ)になぞらえ、「日本にとって米国との出会いは、民主主義との出会いだった」と言った。
どんな国にも右翼もいるし、左翼もいる。右翼なのか左翼なのかということ自体よりも「どんな右翼なのか」「どんな左翼なのか」の方が重要だ。いわば品格というべきだろうか。韓日関係だけでなく、イデオロギーが介入するあらゆることに当てはまる話だ。
米国にジェリー・ファルエルという牧師がいた。この牧師は聖書を文字通り信奉した。この世界のすべてのことを「神が禁じたこと」と「そうでないこと」に分 けた。英国の幼児向け番組『テレタビーズ』もこの牧師の目には「ゲイ」に見えた。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件の時は「同性愛者やフェミニ ストたちが米国を世俗化させた。米国はこうした攻撃を受けても仕方がない」と言った。それ以降、米国の知識人たちは陣営に関係なく「ビンラディンよりファ ルエルの方がしゃくに障る」とうんざりしていた。今、この牧師を丁重に取り上げる欧米メディアはほとんどない。
その日の午後、二つのこ とで悩んだ。一つ目の悩みは実務的なことだった。記事を書くべきなのか、書くべきではないのか、だ。東京に来てから知り合った日本人学者や報道関係者の多 くは「一定水準以下の嫌韓の論客は無視しなさい」と言った。微々たる存在にスポットライトを当てるなという意味だ。痴漢対処法の専門家たちも同様のアドバ イスをする。「『バーバリー・マン』(裸でトレンチコートなどを着用し、人前でコート広げる露出狂のこと)に会ったら悲鳴を上げずに、透明人間扱いをして やり過ごせ」。一理ある話だが、その日、結局私は記事を書いた。
二つ目の悩みは、もっと根本的なことだった。これらの人々が果たして 微々たる存在なのかどうかだ。今回の件の背景には、膨張する軍事大国・中国とそれに緊張する日本がある。この構図だと、日本の極右派はしょっちゅう声を上 げるしかない。中国が気になればなるほど、彼らの直接的な攻撃心理は中国よりも韓国に向かう可能性が高まる。深く考えない卑劣な人々であるほど、そうする だろう。そのたびに韓国政府が腹を立て、第2・第3の産経新聞に「記事を削除しろ」と要求することは賢明なのだろうか。相手が「言論の自由」を振りかざして好き放題しているのが、記者である私にとっては一番つらい。
東京=金秀恵(キム・スへ)特派員朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/09/08/2015090800517.html
(いつも書きたい放題書いてるのによくもまぁ)日本人の友人が 私に「産経新聞は日本人もいくらも見ない新聞だから、周りの人で誰かがその新聞を読んでいると聞いたら、『ああ、ちょっと変わった人なんだな』と思うよ」 と教えてくれた。産経新聞が朴槿恵(パク・クンヘ)大統領を朝鮮王朝時代の王妃・閔妃(死後に明成皇后)になぞらえ、「閔妃暗殺」うんぬんするコラムをイ ンターネット上に掲載した後のことだった。友人は、おそらく私をいたわるのと同時に、次のような質問もしたかったのだろう。「もともとそういう新聞なの に、なぜそんなに腹を立てるの?」と。
そのコラムを初めて読んだ時、実は私は「閔妃暗殺」の4文字ではなく別の部分にまず驚いた。文章の途中に音符や顔文字が出てくるのだ。軽い感じで侮辱したかったのだろうか? 論旨が行ったり来たりしていて、訓練を経た記者が書いた文章とは思えなかった。調べてみると、ベテラン記者が書いた文章だった。
(音符があるのは歌詞の引用だから)
その文章では、中国は6・25戦争(朝鮮戦争)の時に韓国を侵攻したのに、韓国は自尊心もなくそのような国に傾倒しているとして「倒錯」という言葉が使わ れていた。「性倒錯」という時の、あの「倒錯」だ。奇妙な物差しだと思った。このような物差しで世界を見れば、安倍晋三首相が日本に原子爆弾を投下した米 国の議会で「過去の敵は今日の友」と演説したことを何と言えばいいのか。安倍首相はその後、自身の名(Abe=あべ)をリンカーン大統領の愛称(Abe= エイブ)になぞらえ、「日本にとって米国との出会いは、民主主義との出会いだった」と言った。
どんな国にも右翼もいるし、左翼もいる。右翼なのか左翼なのかということ自体よりも「どんな右翼なのか」「どんな左翼なのか」の方が重要だ。いわば品格というべきだろうか。韓日関係だけでなく、イデオロギーが介入するあらゆることに当てはまる話だ。
米国にジェリー・ファルエルという牧師がいた。この牧師は聖書を文字通り信奉した。この世界のすべてのことを「神が禁じたこと」と「そうでないこと」に分 けた。英国の幼児向け番組『テレタビーズ』もこの牧師の目には「ゲイ」に見えた。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件の時は「同性愛者やフェミニ ストたちが米国を世俗化させた。米国はこうした攻撃を受けても仕方がない」と言った。それ以降、米国の知識人たちは陣営に関係なく「ビンラディンよりファ ルエルの方がしゃくに障る」とうんざりしていた。今、この牧師を丁重に取り上げる欧米メディアはほとんどない。
その日の午後、二つのこ とで悩んだ。一つ目の悩みは実務的なことだった。記事を書くべきなのか、書くべきではないのか、だ。東京に来てから知り合った日本人学者や報道関係者の多 くは「一定水準以下の嫌韓の論客は無視しなさい」と言った。微々たる存在にスポットライトを当てるなという意味だ。痴漢対処法の専門家たちも同様のアドバ イスをする。「『バーバリー・マン』(裸でトレンチコートなどを着用し、人前でコート広げる露出狂のこと)に会ったら悲鳴を上げずに、透明人間扱いをして やり過ごせ」。一理ある話だが、その日、結局私は記事を書いた。
二つ目の悩みは、もっと根本的なことだった。これらの人々が果たして 微々たる存在なのかどうかだ。今回の件の背景には、膨張する軍事大国・中国とそれに緊張する日本がある。この構図だと、日本の極右派はしょっちゅう声を上 げるしかない。中国が気になればなるほど、彼らの直接的な攻撃心理は中国よりも韓国に向かう可能性が高まる。深く考えない卑劣な人々であるほど、そうする だろう。そのたびに韓国政府が腹を立て、第2・第3の産経新聞に「記事を削除しろ」と要求することは賢明なのだろうか。相手が「言論の自由」を振りかざして好き放題しているのが、記者である私にとっては一番つらい。
東京=金秀恵(キム・スへ)特派員朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/09/08/2015090800517.html
(-_-) だってこれが「事大主義」で「倒錯」じゃなかったら何だってゆーの
【wiki】 露館播遷
露館播遷(ろかんはせん、1896年2月11日 - 1897年2月20日)とは、李氏朝鮮の第26代王・高宗がロシア公使館に移り朝鮮王朝の執政をとったことを言う。韓国でも古くは日本語での表記と同じように「露館播遷」と呼ばれたが、最近では俄館播遷と呼ばれることが多い。俄館露遷との記述もある。
高宗がロシア公使館で政務を執り行った結果、ロシアは年表に示す利権を獲得し、他の欧米列強も同等の利権を獲得することになった。
露館播遷(ろかんはせん、1896年2月11日 - 1897年2月20日)とは、李氏朝鮮の第26代王・高宗がロシア公使館に移り朝鮮王朝の執政をとったことを言う。韓国でも古くは日本語での表記と同じように「露館播遷」と呼ばれたが、最近では俄館播遷と呼ばれることが多い。俄館露遷との記述もある。
高宗がロシア公使館で政務を執り行った結果、ロシアは年表に示す利権を獲得し、他の欧米列強も同等の利権を獲得することになった。
こんなフラフラして挙句に伊藤博文暗殺なんかしたら併合やむなしになるわ(-_-)
なりすましシリア難民
http://jp.wsj.com/articles/SB10922328955711303277604581232253524570280?mod=WSJJP_hpp_LEFTTopStoriesFirst
日本版だとこの先登録が必要なので英語版で
適当訳
シリアからだと難民申請が通りやすい
シリアから来たと言わないと追い返されるので嘘をつく
シリアの偽パスポートが出回る
北部同盟(伊)「ヨーロッパに来る3/4が戦争から逃れているのではない」
(´・ω・`)こういう不法移民を日本で摘発するのって至難の業でそ(つか不可能)
アラビア語がシリアなまり、とか判別できないし
難民受け入れろとか言ってる人はこれにどう対処するか具体策(と財源)示して下さい
日本版だとこの先登録が必要なので英語版で
Migrants Pose as Syrians to Open Door to Asylum in Europe
At Budapest’s Keleti Train Station last week, Mahmoud, a Syrian from Aleppo, looked around the underground concourse packed with new arrivals like himself. Judging from their accents and dialects, he reckoned that little more than 10% of them were Syrian. But he saw many more passing themselves off as Syrians.
Indeed, during his journey through Greece and the Balkans on his way to Hungary, “I found a bunch of Iraqis buying fake Syrian passports,” said Mahmoud, adding that now Syrians “are worried that their passports are being stolen.” Nearby, a countryman furtively showed his passport, tucked between the sole and padding of one of his sneakers.
As Europe moves to take in large numbers of refugees, particularly from Syria, some other migrants—often Iraqis, Libyans, Palestinians and Egyptians—are attempting to pass themselves off as Syrian, said aid workers, government officials and fellow migrants.
The trend is causing tensions between Syrians and migrants of other nationalities, as well as headaches for officials sifting through huge numbers of applicants to root out impostors.
The masquerade also risks undermining political support for the European Union’s open-door policy, with anti-immigrant parties in many countries ready to denounce the presence of economic migrants amid the wave of refugees. Of the 381,000 people who have landed in Italy and Greece this year—the two main entry points of the current wave of migrants—50% are Syrian, according to the United Nations High Commissioner for Refugees.
Because of the war in their country, Syrians are considered prima facie refugees under international law, meaning they don’t need to present further evidence to qualify for protected status. And in recent weeks, the deaths of 71 migrants—some of whom were Syrians—in a Hungarian truck found in Austria, and particularly images of the body of a 3-year-old Syrian boy washed up on a Turkish beach, have generated a wave of goodwill toward them. As a result, Syrians enjoy markedly better treatment than others along their journey.
This summer, authorities on the Greek island of Kos offered Syrians shelter and food in a local stadium, leaving others to sleep outside without sustenance. A special ferry was even dispatched to host the Syrians and process their applications more quickly.
“Refugees are from Syria,” Zacharoula Tsirigoti, head of Greece’s border protection said in August. “The others are immigrants.”
German Chancellor Angela Merkel warned that Germany won’t absorb the thousands of economic migrants who are mixed among the 800,000 migrants expected to apply for asylum this year. “Those with no prospect of staying must leave our country,” she said.
When European Commission President Jean-Claude Juncker presented a proposal on Wednesday for redistributing 160,000 refugees throughout the continent, he also underscored plans for a fast-track process to repatriate thousands of people from the Balkans whose asylum claims have already been turned down but who never went home.
This month, EU border-control agency Frontex reported an increase in the trafficking of fake Syrian passports, a strange reversal for a document considered virtually useless until recently. Last week, German officials intercepted several packages containing Syrian passports—both real and fake ones—making their way to Germany.
“There are people who buy fake Syrian passports in Turkey,” Fabrice Leggeri,head of Frontex, told French radio Europe 1. “Those people who pass themselves off as Syrian are Arabic speakers, and many come from North Africa or elsewhere in the Middle East. They tend to have the profile of economic migrants.”
The differential treatment is causing friction among the many nationalities in the wave of migrants sweeping Europe. “You Syrians are always lucky,” a young Afghan man said to a nearby group of Syrians at a refugee shelter in Nickelsdorf, Austria. “Everybody likes you.…You can go wherever you want.”
Other migrants passing themselves off as Syrians memorize street maps of Damascus and Aleppo to prepare for authorities’ questions about neighborhoods they falsely claim as their own. (Similarly, some Africans claim to be Eritreans, who also enjoy prima facie asylum protection under international law. And young, legal-age migrants claim to be minors, who enjoy special protection regardless of nationality.)
In August, when Macedonia gave preference to Syrians as it let a trickle of migrants cross over from Greece, Ali, a 25-year-old Iraqi teacher from Mosul, claimed he and his girlfriend were Syrian. The ruse worked.
“We have to say we are Syrians,” he said with a smile, minutes after he crossed into Macedonia. “We can’t risk being sent back to Iraq.”
Authorities seek to root out impostors during the asylum application process. In Italy, when a migrant arrives, if he or she lacks a document with proof of nationality, police use interpreters to secure basic information. The interpreters are often able to quickly spot those who lie by the language or dialect they speak, UNHCR officials said.
A committee made up of officials from the UNHCR, the interior ministry and local government then conduct more interviews to help decide on an asylum request. They ask for details of their home country and the situation that has caused them to flee, checking the responses against information the committee has about those areas.
But the huge number of applicants—the EU has seen one million since January 2014—makes the checks particularly cumbersome.
In the past year, Germany has shortened the process of reviewing asylum claims. If an asylum seeker lacks documents to prove his nationality and authorities have doubts about it, officials record the applicant’s speech and have it tested by language experts, said a spokesman for the German office for migration and refugees.
The impostor problem could undermine support for migrants and refugees, including Syrians, in the long term. Anti-immigrant groups already denounce the arrival of many economic migrants—those fleeing poverty, but not war or persecution—among the mass arrivals. The distinction touches a chord in European countries where sluggish economies have left locals sensitive about the arrivals of newcomers seeking jobs or welfare support.
“Three-quarters of the people coming to Europe are not fleeing any war,” said Matteo Salvini, leader of the Italian conservative party Northern League on Sept. 9. “It’s one thing to host refugees and another to fill up the country with illegal migrants.”
—Ruth Bender in Berlin and Ellen Emmerentze Jervell in Nickelsdorf, Austria contributed to this article.
WSJ2015.9.12
http://www.wsj.com/articles/migrants-pose-as-syrians-to-open-door-to-asylum-in-europe-1442013612
People
from other Middle East and North African countries try to better their
odds for staying by passing as refugees from civil war
By
MANUELA MESCO in Kos, Greece,
MATT BRADLEY in Budapest and
GIOVANNI LEGORANO in Gevgelija, Macedonia
By
MANUELA MESCO in Kos, Greece,
MATT BRADLEY in Budapest and
GIOVANNI LEGORANO in Gevgelija, Macedonia
At Budapest’s Keleti Train Station last week, Mahmoud, a Syrian from Aleppo, looked around the underground concourse packed with new arrivals like himself. Judging from their accents and dialects, he reckoned that little more than 10% of them were Syrian. But he saw many more passing themselves off as Syrians.
Indeed, during his journey through Greece and the Balkans on his way to Hungary, “I found a bunch of Iraqis buying fake Syrian passports,” said Mahmoud, adding that now Syrians “are worried that their passports are being stolen.” Nearby, a countryman furtively showed his passport, tucked between the sole and padding of one of his sneakers.
As Europe moves to take in large numbers of refugees, particularly from Syria, some other migrants—often Iraqis, Libyans, Palestinians and Egyptians—are attempting to pass themselves off as Syrian, said aid workers, government officials and fellow migrants.
The trend is causing tensions between Syrians and migrants of other nationalities, as well as headaches for officials sifting through huge numbers of applicants to root out impostors.
The masquerade also risks undermining political support for the European Union’s open-door policy, with anti-immigrant parties in many countries ready to denounce the presence of economic migrants amid the wave of refugees. Of the 381,000 people who have landed in Italy and Greece this year—the two main entry points of the current wave of migrants—50% are Syrian, according to the United Nations High Commissioner for Refugees.
Because of the war in their country, Syrians are considered prima facie refugees under international law, meaning they don’t need to present further evidence to qualify for protected status. And in recent weeks, the deaths of 71 migrants—some of whom were Syrians—in a Hungarian truck found in Austria, and particularly images of the body of a 3-year-old Syrian boy washed up on a Turkish beach, have generated a wave of goodwill toward them. As a result, Syrians enjoy markedly better treatment than others along their journey.
This summer, authorities on the Greek island of Kos offered Syrians shelter and food in a local stadium, leaving others to sleep outside without sustenance. A special ferry was even dispatched to host the Syrians and process their applications more quickly.
“Refugees are from Syria,” Zacharoula Tsirigoti, head of Greece’s border protection said in August. “The others are immigrants.”
German Chancellor Angela Merkel warned that Germany won’t absorb the thousands of economic migrants who are mixed among the 800,000 migrants expected to apply for asylum this year. “Those with no prospect of staying must leave our country,” she said.
When European Commission President Jean-Claude Juncker presented a proposal on Wednesday for redistributing 160,000 refugees throughout the continent, he also underscored plans for a fast-track process to repatriate thousands of people from the Balkans whose asylum claims have already been turned down but who never went home.
This month, EU border-control agency Frontex reported an increase in the trafficking of fake Syrian passports, a strange reversal for a document considered virtually useless until recently. Last week, German officials intercepted several packages containing Syrian passports—both real and fake ones—making their way to Germany.
“There are people who buy fake Syrian passports in Turkey,” Fabrice Leggeri,head of Frontex, told French radio Europe 1. “Those people who pass themselves off as Syrian are Arabic speakers, and many come from North Africa or elsewhere in the Middle East. They tend to have the profile of economic migrants.”
The differential treatment is causing friction among the many nationalities in the wave of migrants sweeping Europe. “You Syrians are always lucky,” a young Afghan man said to a nearby group of Syrians at a refugee shelter in Nickelsdorf, Austria. “Everybody likes you.…You can go wherever you want.”
Other migrants passing themselves off as Syrians memorize street maps of Damascus and Aleppo to prepare for authorities’ questions about neighborhoods they falsely claim as their own. (Similarly, some Africans claim to be Eritreans, who also enjoy prima facie asylum protection under international law. And young, legal-age migrants claim to be minors, who enjoy special protection regardless of nationality.)
In August, when Macedonia gave preference to Syrians as it let a trickle of migrants cross over from Greece, Ali, a 25-year-old Iraqi teacher from Mosul, claimed he and his girlfriend were Syrian. The ruse worked.
“We have to say we are Syrians,” he said with a smile, minutes after he crossed into Macedonia. “We can’t risk being sent back to Iraq.”
Authorities seek to root out impostors during the asylum application process. In Italy, when a migrant arrives, if he or she lacks a document with proof of nationality, police use interpreters to secure basic information. The interpreters are often able to quickly spot those who lie by the language or dialect they speak, UNHCR officials said.
A committee made up of officials from the UNHCR, the interior ministry and local government then conduct more interviews to help decide on an asylum request. They ask for details of their home country and the situation that has caused them to flee, checking the responses against information the committee has about those areas.
But the huge number of applicants—the EU has seen one million since January 2014—makes the checks particularly cumbersome.
Stella
Nanou, spokeswoman for the UNHCR in Greece, says it doesn’t have any
data on how big the phenomenon of impostors is, but says the huge
numbers of arrivals mean it is inevitable.
The extra time
it would take to probe the migrants’ stories on arrival in Greece is a
luxury the police can’t afford, she said. A UNHCR spokesman in Germany
said the agency has detected a handful of cases of non-Syrians trying to
pass as Syrian.In the past year, Germany has shortened the process of reviewing asylum claims. If an asylum seeker lacks documents to prove his nationality and authorities have doubts about it, officials record the applicant’s speech and have it tested by language experts, said a spokesman for the German office for migration and refugees.
The impostor problem could undermine support for migrants and refugees, including Syrians, in the long term. Anti-immigrant groups already denounce the arrival of many economic migrants—those fleeing poverty, but not war or persecution—among the mass arrivals. The distinction touches a chord in European countries where sluggish economies have left locals sensitive about the arrivals of newcomers seeking jobs or welfare support.
“Three-quarters of the people coming to Europe are not fleeing any war,” said Matteo Salvini, leader of the Italian conservative party Northern League on Sept. 9. “It’s one thing to host refugees and another to fill up the country with illegal migrants.”
—Ruth Bender in Berlin and Ellen Emmerentze Jervell in Nickelsdorf, Austria contributed to this article.
WSJ2015.9.12
適当訳
シリアからだと難民申請が通りやすい
シリアから来たと言わないと追い返されるので嘘をつく
シリアの偽パスポートが出回る
北部同盟(伊)「ヨーロッパに来る3/4が戦争から逃れているのではない」
(´・ω・`)こういう不法移民を日本で摘発するのって至難の業でそ(つか不可能)
アラビア語がシリアなまり、とか判別できないし
難民受け入れろとか言ってる人はこれにどう対処するか具体策(と財源)示して下さい
オリンピック汚鮮源はどこだ
民団オリンピック招致応援の思惑 続き
コメントで教えてもらったので書いておきます
おもてなし東京 by 東京観光財団
http://www.gotokyo.org/jp/volunteer/volunteer1.html
公益財団法人 東京観光財団
出捐企業・団体
http://www.tcvb.or.jp/jp/organization.html#t5
役員名簿
http://www.tcvb.or.jp/jp/documents/270629yakuin.pdf
色々気になる企業(含電通・博報堂)も混じっているが、、その中の 東京商工会議所
垂れ幕に「2020オリンピック・パラリンピックの力を新宿の力に!」とありますね
この呉永錫氏(右)を辿っていくと
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長
http://www.tokansho.org/2013/271-2013-04-25-01-33-37.html
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長
http://www.sportsseoul.jp/article/read.php?sa_idx=8982
在日大韓基督教会 の機関紙 福音新聞に広告を出している
http://kccj.jp/wp-content/uploads/2014/05/6562cdb769f56067da28e72bb1a52080.pdf
呉永錫(東京希望キリスト教会 長老) とありますね
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教
よりによって「竹島は韓国領」の元民主党・土肥隆一ですか
→胡散臭いワンコリアフェスティバル
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生
率先して掃除はいいことでは・・・と騙されてはいけません
こんなホウキとチリトリでキレイになる新大久保じゃないんで
→フレンドシップ(失笑)
(あらためて調べると駐日大使閣下が参加した時にも呉氏がいたわけでつね http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=18707)
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生=ヘイトスピーチ
公明党・遠山清彦議員ですか
サイモン・ウィーゼンタール・センターとずぶずぶな
→【拡散希望】サイモン・ウィーゼンタール・センターと創価学会と中国共産党
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生=ヘイトスピーチ・民団がオリンピックに首を突っ込みたがっている
・呉永錫氏は民団と在日大韓基督教会を繋ぐ人物
これらを踏まえてもう一度佐野研二郎氏のオリンピックエンブレムを見てみましょう
あの禍々しい黒い線は、多文化強制でごちゃ混ぜになった挙句のカオスの色
そして脇に追いやられる日の丸
そういうことだったんじゃないでしょうか
参考
多文化強制
多文化強制した結果→川崎汚鮮
コメントで教えてもらったので書いておきます
おもてなし東京 by 東京観光財団
http://www.gotokyo.org/jp/volunteer/volunteer1.html
公益財団法人 東京観光財団
出捐企業・団体
http://www.tcvb.or.jp/jp/organization.html#t5
役員名簿
http://www.tcvb.or.jp/jp/documents/270629yakuin.pdf
色々気になる企業(含電通・博報堂)も混じっているが、、その中の 東京商工会議所
東京商工会議所 新宿支部 平成25年新春賀詞交歓会
2013年1月21日(月)、東京商工会議所新宿支部(髙野吉太郎会長)主催の「平成25年 新春賀詞交歓会」が京王プラザホテル(新宿区)で開かれた。会場には約350名以上が参加しおり、当会議所からは金光一会長、崔聖植専務理事、呉永錫副会長が出席した。
東京商工会議所新宿支部は昨年創立50周年を迎え、その記念式典には当会議所役員も多数参加した。
https://www.tokansho.org/2013/241-2013-01-21-06-06-34.html
2013年1月21日(月)、東京商工会議所新宿支部(髙野吉太郎会長)主催の「平成25年 新春賀詞交歓会」が京王プラザホテル(新宿区)で開かれた。会場には約350名以上が参加しおり、当会議所からは金光一会長、崔聖植専務理事、呉永錫副会長が出席した。
東京商工会議所新宿支部は昨年創立50周年を迎え、その記念式典には当会議所役員も多数参加した。
https://www.tokansho.org/2013/241-2013-01-21-06-06-34.html
垂れ幕に「2020オリンピック・パラリンピックの力を新宿の力に!」とありますね
この呉永錫氏(右)を辿っていくと
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長
http://www.tokansho.org/2013/271-2013-04-25-01-33-37.html
東京五輪招致支持の催し開催=在日飲食店経営者ら
【東京聯合ニュース】東京・新大久保で飲食店を営む韓国人たちが、2020年の東京オリンピック招致を支持するイベントを開催する。
日本国内の約400店の韓国料理店経営者らでつくる「民団韓食ネット協議会」は、来月9~11日に韓国料理店が多く集まる新大久保の通称「職安通り」で、東日本大震災被災者支援および東京オリンピック招致支持の催しを開く。同協議会が7日に明らかにした。
新大久保地域の通りに五輪招致を支持するプラカードを掲げたり、新聞に紙面広告を出すことを検討している。中国人など、同地域のほかの国の経営者たちにも参加を呼び掛ける計画だ。
今回の五輪招致支持の動きは最近日本で相次いでいる反韓デモ対策を議論する過程で生まれた。日本の一部の若者らが狭小なナショナリズムを露骨に主張する反韓デモに正面から対応するより、民族と人種の違いを超え平和を望む五輪精神を強調する必要があるという意見が出た。
2020年の夏季五輪開催地は、9月7日にアルゼンチンで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京とスペイン・マドリード、トルコ・イスタンブールの三つの候補地から決定する。
聯合ニュース2013.7.8
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2013/07/08/0200000000AJP20130708001000882.HTML
【東京聯合ニュース】東京・新大久保で飲食店を営む韓国人たちが、2020年の東京オリンピック招致を支持するイベントを開催する。
日本国内の約400店の韓国料理店経営者らでつくる「民団韓食ネット協議会」は、来月9~11日に韓国料理店が多く集まる新大久保の通称「職安通り」で、東日本大震災被災者支援および東京オリンピック招致支持の催しを開く。同協議会が7日に明らかにした。
新大久保地域の通りに五輪招致を支持するプラカードを掲げたり、新聞に紙面広告を出すことを検討している。中国人など、同地域のほかの国の経営者たちにも参加を呼び掛ける計画だ。
今回の五輪招致支持の動きは最近日本で相次いでいる反韓デモ対策を議論する過程で生まれた。日本の一部の若者らが狭小なナショナリズムを露骨に主張する反韓デモに正面から対応するより、民族と人種の違いを超え平和を望む五輪精神を強調する必要があるという意見が出た。
2020年の夏季五輪開催地は、9月7日にアルゼンチンで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京とスペイン・マドリード、トルコ・イスタンブールの三つの候補地から決定する。
聯合ニュース2013.7.8
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2013/07/08/0200000000AJP20130708001000882.HTML
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長
http://www.sportsseoul.jp/article/read.php?sa_idx=8982
在日大韓基督教会 の機関紙 福音新聞に広告を出している
http://kccj.jp/wp-content/uploads/2014/05/6562cdb769f56067da28e72bb1a52080.pdf
呉永錫(東京希望キリスト教会 長老) とありますね
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教
東京聖市化運動本部3周年記念聖会
東京聖市化運動本部(会長呉永鍚長老)の創立3周年を記念する記念式・記念聖会が19日、東京韓国YMCA文化館で開催された。日本宣教をになう韓国人教職者や信徒を中心に230人以上もの人々が会場を埋め尽くした。日本からは、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会の主管牧師峯野龍弘師と、クリスチャン議員土肥隆一衆議院議員が来賓として出席した。
(→【wiki】峯野龍弘)
クリスチャン・トゥデイ2006.2.23
http://www.christiantoday.co.jp/articles/8323/20060223/news.htm
(大韓民国国家朝餐祈祷会事務総長が参加=韓国政府の意向=宗教活動は偽装)東京聖市化運動本部(会長呉永鍚長老)の創立3周年を記念する記念式・記念聖会が19日、東京韓国YMCA文化館で開催された。日本宣教をになう韓国人教職者や信徒を中心に230人以上もの人々が会場を埋め尽くした。日本からは、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会の主管牧師峯野龍弘師と、クリスチャン議員土肥隆一衆議院議員が来賓として出席した。
(→【wiki】峯野龍弘)
同会長の呉永鍚(オ・ヨンソク)長老(東京多摩キリスト教会)は歓迎辞で、東京聖市化運動のこれまでの歩みを話しながら、「聖市化運動はほかでもなく、祈
りによって神様からの祝福を頂き、それを通して他の人々にも祝福が与えられるように働きかけることだ」と話し、「恵みを与えてくださる主に似て、いつも与
える姿勢を持つ聖市化運動本部になりましょう」と、主への感謝とこれからの意気込みを語った。
激励の挨拶を述べ
たソウル聖市化運動本部代表梁仁平(ヤン・インピョン)長老は、「日本は必ず福音化されるはずであるし、東京聖市化運動を通して日本のすべての教会が一つ
となり、多くの市民に福音を伝えて日本の宣教の扉がもっと大きく開かれる」と期待の言葉を述べた。また、韓国聖市化運動本部事務総長の鄭鐘元(ジョン・
ジョンウォン)牧師は、「日本の福音化は、ここに集まったみなさんの責任であり、東京聖市化運動本部が日本の聖市化のために大きく用いられることを願う」
と激励した。
来賓祝辞で土肥隆一議員は、韓国での聖市化運動の働きを賞賛しながら、「世俗思考的にはできないと思われることを、私たちクリスチャンが霊的な思いからする」「他では手が届かないこと、すべきことはたくさんある」と関係者の士気を高めた。大韓民国国家朝餐祈祷会事
務総長の張憲一(ジャン・ホォンイル)長老は、「世界各国にある聖市化運動本部からその国の霊的復興を起こした指導者が生まれた」「東京聖市化運動本部で
も日本を目覚めさせる霊的指導者が輩出されるよう祈り、日本の韓国人社会と各都市を聖化する東京聖市化運動本部になってほしい」と祝辞を述べた。
また同じく来賓祝辞で峯野龍弘師は、これまでの東京聖市化運動の働きに感謝の意を述べながら、「日本教会の牧師、信徒がこの運動にいち早く合流して、まさ
に日本の聖市化運動という形にもっていきたい」と更なる同運動の発展を確信する思いで関係者を激励した。「清くなることこそ主の御心」であり、「すべての
キリスト者のになうべき使命であることを思う」と語り、東京聖市化運動が日本全体の祝福の源となるようにとの願いを伝えた。峯野師は、「日本を聖地と変え
ていただきたい」「日本は宣教師の墓場ではなく、宣教師によって聖化させていく、世界でもっとも可能性のあるところ」であると、これまで日本宣教で多くの
犠牲を払ってきた宣教師たちを慰め励ました。
ソウル・ワンソン教会主任牧師の吉自延(キル・ジャヨン)牧師は、
「知らないうちに受けた恵み」という題目でヨハネの福音書5章1~15節を本文に説教し、「サウロがパウロとなったように、恵みを受ければ誰でも新しい人
となる」「恵みの中に祝福、愛、私たちの未来がある」と伝えた。本文に登場する、38年間も病で苦しみ、絶望の中にいた病人が一瞬にして癒されたように、
「恵みを受けるとき、すべての問題は解決される」「先に私たちが恵みを受けて、日本の教会が恵みを与えることのできる教会となれば、東京、日本、そして世
界が変わる」と主の約束を伝えた。
またこの記念式では東京聖市化運動本部から、同関連教会に所属する大学生、大学院生18人に奨学金が授与された。クリスチャン・トゥデイ2006.2.23
http://www.christiantoday.co.jp/articles/8323/20060223/news.htm
よりによって「竹島は韓国領」の元民主党・土肥隆一ですか
→胡散臭いワンコリアフェスティバル
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生
新宿支部・「私たちの街は私たちが…」浄化運動実施(2009.10.13)
東京新宿支部(呉永錫支団長)は10月13日午後、新宿の職安通り一帯において、韓人会と合同で浄化運動を行った。
同浄化運動は「我々町は私たちが…」というスローガンで地域社会発展に貢献しながら新宿区をはじめ内外に民団新宿・民団の結束力などをアピールする。ま た、民団組織内でのモデル的な活動をし、団員の信頼およびプライドを高めることで支部の活性化にもつながる。これは民団新宿支部の次の事業展開の足場とし ての活動にしたい目的で民団新宿婦人会の主催で行われ、毎月1・3週火曜日に定期的に行う予定だ。
韓国料理店・大使館の駐車場に新宿支部団員および韓人会、ホーリークラブ(基督教牧師団体)約120名が集まり、4組で分かれ職安通りを中心に各路地などのゴミやたばこの吸い殻などを約2時間の間、拾い集めた。
呉永錫支団長は「新宿区は『多文化共生』という共存共生を大事にする行政を行っている。新宿支部は韓国を代表する民間団体としてその責任は大きい。今後、地域発展のため、先頭に立ち活動を展開し、地方参政権獲得や無年金問題の解決につながるよう頑張る」と語った。
新宿区には3万を超える外国人が住んでいる中、韓国(朝鮮籍を含む)籍の区民が約1万5千近く住んでいる。
民団東京地方支部
http://mindan-tokyo.org/bbs/board.php?board=board04&command=body&no=75
東京新宿支部(呉永錫支団長)は10月13日午後、新宿の職安通り一帯において、韓人会と合同で浄化運動を行った。
同浄化運動は「我々町は私たちが…」というスローガンで地域社会発展に貢献しながら新宿区をはじめ内外に民団新宿・民団の結束力などをアピールする。ま た、民団組織内でのモデル的な活動をし、団員の信頼およびプライドを高めることで支部の活性化にもつながる。これは民団新宿支部の次の事業展開の足場とし ての活動にしたい目的で民団新宿婦人会の主催で行われ、毎月1・3週火曜日に定期的に行う予定だ。
韓国料理店・大使館の駐車場に新宿支部団員および韓人会、ホーリークラブ(基督教牧師団体)約120名が集まり、4組で分かれ職安通りを中心に各路地などのゴミやたばこの吸い殻などを約2時間の間、拾い集めた。
呉永錫支団長は「新宿区は『多文化共生』という共存共生を大事にする行政を行っている。新宿支部は韓国を代表する民間団体としてその責任は大きい。今後、地域発展のため、先頭に立ち活動を展開し、地方参政権獲得や無年金問題の解決につながるよう頑張る」と語った。
新宿区には3万を超える外国人が住んでいる中、韓国(朝鮮籍を含む)籍の区民が約1万5千近く住んでいる。
民団東京地方支部
http://mindan-tokyo.org/bbs/board.php?board=board04&command=body&no=75
率先して掃除はいいことでは・・・と騙されてはいけません
こんなホウキとチリトリでキレイになる新大久保じゃないんで
→フレンドシップ(失笑)
(あらためて調べると駐日大使閣下が参加した時にも呉氏がいたわけでつね http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=18707)
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生=ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチ規制を…視察の公明党PTに窮状訴える
新大久保「コリアンタウン」商店主ら
東京・新宿の通称「コリアンタウン」、新大久保地域で続いた嫌韓・排外主義的なヘイトスピーチ(差別扇動)は13年9月以降、見られない。しかし、デモは近隣の靖国通りなどで続いており、後遺症は深く広がっている。被害の実態調査のため6日、現地を訪れた公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチーム(座長遠山清彦衆院議員)を迎えた民団関係者や韓国料理店の経営者たちは、口々に「差別規制法」の必要性を訴えた。
子どもたちの心にも深い傷
新宿韓国商人連合会の呉永錫会長(民団東京本部副団長)によれば、「コリアンタウン」への訪問者は12年のピーク時、1日平均1万5000人だったのが現在は4000人に。約450を数えた店舗のうち、50店は閉店したという。
なかでも、02年サッカー・ワールドカップ開催時に赤いTシャツ姿のサポーターたちが駐車場を埋め尽くし、「韓流の象徴」ともいわれた高級飲食店「大使館」の撤退は象徴的といえよう。
公認会計士の車龍和さん(民団東京本部監察委員)は12年5月、自らの顧客の集中する新大久保で事務所を開業しようとしたが、当時はバブル相場で家賃が急騰。そもそも、物件そのものが少なかったという。
車さんの担当する顧客は、それまで年間売上3000~4000万円で推移していたのが、ピーク時に9000万円にはねあがった。その後、デモ騒ぎのために 4000万円に急減。同じく化粧品を扱う店も、2億円から一時は1億円へと減るなどその影響は「すさまじいものがある」。車さんは「デモ自体が死活問題。 地域に打撃を与えたことはまちがいない」と指摘した。
新大久保で17年前から「韓国伝統民俗食堂」を営む金徳浩さんも「ヘイトスピーチ が激しくなって以来、お客さんが『怖い』といって寄りつかなくなった。売り上げは6割以上減少した。マスクで顔を隠したデモ隊が悪口を浴びせ、乱暴に振る 舞う様子を子どもたちが見て怖がり、外に出られなくなった。このまちで子どもたちが安心して暮らせるようにしてほしい」と訴えた。
学校 現場への影響も甚大だ。20年前に留学生として日本に来てからそのまま定住している李承珉さんは、「日本で生まれ育った子どもたちが学校で『朝鮮人は韓国 に帰れ』と後ろ指をさされた。インターネットでは口に出すのもはばかられる罵詈雑言を目の当たりにして、大変なショックを受けている」と明かした。
そればかりか、先生が日本国籍を取得したことを知っている子どもが、「朝鮮人の先生だから、ろくでもない」と、見下す事態まで起こっているという。
これも「韓流の街」が「デモと罵声の街」になったことから起きたこと。最後に民団側参加者は、「みんなで魅力ある街にしようと努力してきた。これからも知 恵を絞っていく。国会でヘイトスピーチを禁じる法律を早くつくってほしい。区でも条例や議会決議など、やろうと思えばなんでもできるはずだ。法律的にきち んとしないと、この雰囲気を変えることはできない」といらだちをぶつけた。
遠山座長によれば、ヘイトスピーチを取り締まり、処罰する法律の制定には、「証拠の収集や違法性の立証方法、『表現の自由』の侵害をめぐる論議など、多くの障害があり、実際のところ容易ではない」のだという。
「法律ができたからといって、ヘイトスピーチがなくなるわけではない。大事なのは、韓国と日本の間で友好が広がっていくこと。法律だけでなく、いますぐにでもできることをまとめ、3月には法務大臣に具体案を提案したい」と話した。
公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチームは昨年9月30日に初会合を開いた。
(2015.2.25 民団新聞)
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=20063
新大久保「コリアンタウン」商店主ら
東京・新宿の通称「コリアンタウン」、新大久保地域で続いた嫌韓・排外主義的なヘイトスピーチ(差別扇動)は13年9月以降、見られない。しかし、デモは近隣の靖国通りなどで続いており、後遺症は深く広がっている。被害の実態調査のため6日、現地を訪れた公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチーム(座長遠山清彦衆院議員)を迎えた民団関係者や韓国料理店の経営者たちは、口々に「差別規制法」の必要性を訴えた。
子どもたちの心にも深い傷
新宿韓国商人連合会の呉永錫会長(民団東京本部副団長)によれば、「コリアンタウン」への訪問者は12年のピーク時、1日平均1万5000人だったのが現在は4000人に。約450を数えた店舗のうち、50店は閉店したという。
なかでも、02年サッカー・ワールドカップ開催時に赤いTシャツ姿のサポーターたちが駐車場を埋め尽くし、「韓流の象徴」ともいわれた高級飲食店「大使館」の撤退は象徴的といえよう。
公認会計士の車龍和さん(民団東京本部監察委員)は12年5月、自らの顧客の集中する新大久保で事務所を開業しようとしたが、当時はバブル相場で家賃が急騰。そもそも、物件そのものが少なかったという。
車さんの担当する顧客は、それまで年間売上3000~4000万円で推移していたのが、ピーク時に9000万円にはねあがった。その後、デモ騒ぎのために 4000万円に急減。同じく化粧品を扱う店も、2億円から一時は1億円へと減るなどその影響は「すさまじいものがある」。車さんは「デモ自体が死活問題。 地域に打撃を与えたことはまちがいない」と指摘した。
新大久保で17年前から「韓国伝統民俗食堂」を営む金徳浩さんも「ヘイトスピーチ が激しくなって以来、お客さんが『怖い』といって寄りつかなくなった。売り上げは6割以上減少した。マスクで顔を隠したデモ隊が悪口を浴びせ、乱暴に振る 舞う様子を子どもたちが見て怖がり、外に出られなくなった。このまちで子どもたちが安心して暮らせるようにしてほしい」と訴えた。
学校 現場への影響も甚大だ。20年前に留学生として日本に来てからそのまま定住している李承珉さんは、「日本で生まれ育った子どもたちが学校で『朝鮮人は韓国 に帰れ』と後ろ指をさされた。インターネットでは口に出すのもはばかられる罵詈雑言を目の当たりにして、大変なショックを受けている」と明かした。
そればかりか、先生が日本国籍を取得したことを知っている子どもが、「朝鮮人の先生だから、ろくでもない」と、見下す事態まで起こっているという。
これも「韓流の街」が「デモと罵声の街」になったことから起きたこと。最後に民団側参加者は、「みんなで魅力ある街にしようと努力してきた。これからも知 恵を絞っていく。国会でヘイトスピーチを禁じる法律を早くつくってほしい。区でも条例や議会決議など、やろうと思えばなんでもできるはずだ。法律的にきち んとしないと、この雰囲気を変えることはできない」といらだちをぶつけた。
遠山座長によれば、ヘイトスピーチを取り締まり、処罰する法律の制定には、「証拠の収集や違法性の立証方法、『表現の自由』の侵害をめぐる論議など、多くの障害があり、実際のところ容易ではない」のだという。
「法律ができたからといって、ヘイトスピーチがなくなるわけではない。大事なのは、韓国と日本の間で友好が広がっていくこと。法律だけでなく、いますぐにでもできることをまとめ、3月には法務大臣に具体案を提案したい」と話した。
公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチームは昨年9月30日に初会合を開いた。
(2015.2.25 民団新聞)
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=20063
公明党・遠山清彦議員ですか
サイモン・ウィーゼンタール・センターとずぶずぶな
→【拡散希望】サイモン・ウィーゼンタール・センターと創価学会と中国共産党
▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生=ヘイトスピーチ・民団がオリンピックに首を突っ込みたがっている
・呉永錫氏は民団と在日大韓基督教会を繋ぐ人物
これらを踏まえてもう一度佐野研二郎氏のオリンピックエンブレムを見てみましょう
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会
エンブレムが決定しました
エンブレムは、すべての色が集まることで生まれる黒はダイバーシティ(多様性)を、すべてを包む大きな円はひとつになったインクルーシブ(包括的)な世界を、そしてその原動力となる一人一人の赤いハートの鼓動を、表現しています。オリンピックとパラリンピックのエンブレムは、同じ理念で構成されています。
エンブレムが決定しました
エンブレムは、すべての色が集まることで生まれる黒はダイバーシティ(多様性)を、すべてを包む大きな円はひとつになったインクルーシブ(包括的)な世界を、そしてその原動力となる一人一人の赤いハートの鼓動を、表現しています。オリンピックとパラリンピックのエンブレムは、同じ理念で構成されています。
オリンピックエンブレムは、TOKYO、TEAM、TOMORROWの「T」をイメージし、パラリンピックエンブレムは、普遍的な平等の記号「=(イコール)」をイメージしたデザインとなっています。
http://www.koho.metro.tokyo.jp/koho/2015/09/2020.htmあの禍々しい黒い線は、多文化強制でごちゃ混ぜになった挙句のカオスの色
そして脇に追いやられる日の丸
そういうことだったんじゃないでしょうか
参考
多文化強制
多文化強制した結果→川崎汚鮮
アイランはなぜ、溺れ死ななければならなかったのか
色々記事見たんだけど、これがまとまっていてわかりやすいと思ったのでコピペ
あーホントとんでもないことが起きておるなぁ・・・・
日本も難民を引き受けろとか国連が言ってるようだが
【youtube】難民殺到のハンガリー 駅での野宿に嫌がらせも(15/09/05)
端的に言うとこれが原因だわね・・・ロシアに言う権利があるか疑問だけども
国境をなくしヒトモノカネの移動を自由にした結果
→富める国にヒトモノカネが移動しますます寡占化が進む
→富める国自体も格差社会に
さぁ、得をするのは誰?
これが・・おサヨク様の理想とする麗しき人類愛に満ちた世界なんでしょうか
【ニコニコ動画】ハンガリー政府の支援は線路に投捨てw難民が去ったブダぺスト駅の惨状が
【youtube】「おりの中の動物のように」食料を与えられる難民たち、ハンガリー Video shows refugees fed 'like animals in pen' in Hungary camp
あーホントとんでもないことが起きておるなぁ・・・・
アイラン(3歳)はなぜ、溺れ死ななければならなかったのか
……1枚の写真がEUに起こした地殻変動
冒頭のシリアの男の子、アイランの父親は4日、家族の遺体とともにコバニに戻った。長かった旅の振り出しだ。今年に入ってクルド族が再びコバニを奪還したので、今、ここは一応の平静が保たれている。
その前日、カナダ政府が生き残った父親にビザの支給を申し出た。しかし父親は、家族の眠るこの地を、もう離れるつもりはない
現代ビジネス2015.9.11
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45241
……1枚の写真がEUに起こした地殻変動
EUを揺るがす「難民」問題2
川口マーン恵美
EUに地殻変動をもたらした3歳児の死一瞬見ると、波打ち際にうつ伏せに横たわるその男の子は、まるで疲れ切って眠っているようだった。
柔らかな光の中、もうすぐ伸びをして起き上がりそうな小さな体。
しかしよく見ると、それは決して起きあがらないことがわかる。そして次の写真には、トルコの警官がその小さな体をそっと抱き上げて運んでいく様子が写っている。シリア難民の3歳児の遺体だ。9月3日のこと。
この写真は、見る者の心を強く打った。今までだって地中海では、毎週のように悲劇が起き、何千、何万という難民が溺れ死んでいる。しかしこの写真は、一見、悲劇には見えなかった。
穏やかな海に洗われて、小さな遺体はあまりにも静かに砂浜に横たわっていた。そのアンバランスさが見る者を混乱させた。せっかく生まれてきたというのに、この子は世界に裏切られたのだ。
男 の子の名はアイランという。シリアのコバニから来た。コバニは、トルコとの国境にあるクルド族の町だ。2014年9月、「イスラム国」がコバニを包囲し、 激しい戦闘が始まったため、そこに住んでいた20万人のクルド族がトルコに逃げこんだ。トルコには、2011年のシリア内戦勃発以来、すでに計200万人 の難民が避難している。
東欧の国々、バルト3国、そしてイギリスやデンマークは、難民の受け入れには非常に消極的だ。ハンガリーは「難民が皆ドイツに行きたがるのは、ドイツが受け入れるからである。難民問題はEUの問題などではなく、ドイツの問題だ」とまで言った。 川口マーン恵美
EUに地殻変動をもたらした3歳児の死一瞬見ると、波打ち際にうつ伏せに横たわるその男の子は、まるで疲れ切って眠っているようだった。
柔らかな光の中、もうすぐ伸びをして起き上がりそうな小さな体。
しかしよく見ると、それは決して起きあがらないことがわかる。そして次の写真には、トルコの警官がその小さな体をそっと抱き上げて運んでいく様子が写っている。シリア難民の3歳児の遺体だ。9月3日のこと。
この写真は、見る者の心を強く打った。今までだって地中海では、毎週のように悲劇が起き、何千、何万という難民が溺れ死んでいる。しかしこの写真は、一見、悲劇には見えなかった。
穏やかな海に洗われて、小さな遺体はあまりにも静かに砂浜に横たわっていた。そのアンバランスさが見る者を混乱させた。せっかく生まれてきたというのに、この子は世界に裏切られたのだ。
男 の子の名はアイランという。シリアのコバニから来た。コバニは、トルコとの国境にあるクルド族の町だ。2014年9月、「イスラム国」がコバニを包囲し、 激しい戦闘が始まったため、そこに住んでいた20万人のクルド族がトルコに逃げこんだ。トルコには、2011年のシリア内戦勃発以来、すでに計200万人 の難民が避難している。
アイランの家族は、親戚を頼ってトルコからカナダに亡命しようとしたが、カナダ政府は受け入れを拒否した。そこで今度は、地中海を渡ってギリシャ経由で、どうにかしてドイツに入ろうとした。多くのシリア難民が考えることだ。
最初の2回の試みでは、アイランの家族は、トルコの沿岸警備隊に見つかってしまった。
最初の2回の試みでは、アイランの家族は、トルコの沿岸警備隊に見つかってしまった。
ようやく3度目、ギリシャに向かったはずのゴムボートは、あっという間に荒波にのまれて沈没した。アイランと兄と母親が亡くなり、父親だけが助かった。
アイランは、自分たちがなぜボートに乗っているかということさえ理解できなかっただろう。なぜ、溺れ死ななければならないかということも。
ただ、アイランの死は、一つの小さな悲劇では終わらなかった。それどころか、このあとまもなくEUに、まさに「地殻変動」ともいえる事態を引き起こすことになる。
メルケル首相がハンガリーにいる難民の受け入れを表明
折しもこのころ、ヨーロッパのあちこちでは、シリアやイラクやアフガニスタンからきた何十万人もの難民が、行き場を失って漂っていた。
たとえばトルコの港では、ギリシャに渡ろうとする難民が何千人もフェリー乗り場に殺到したまま、にっちもさっちも行かなくなっており、事態は極めて不穏だった。
ただ、アイランの死は、一つの小さな悲劇では終わらなかった。それどころか、このあとまもなくEUに、まさに「地殻変動」ともいえる事態を引き起こすことになる。
メルケル首相がハンガリーにいる難民の受け入れを表明
折しもこのころ、ヨーロッパのあちこちでは、シリアやイラクやアフガニスタンからきた何十万人もの難民が、行き場を失って漂っていた。
たとえばトルコの港では、ギリシャに渡ろうとする難民が何千人もフェリー乗り場に殺到したまま、にっちもさっちも行かなくなっており、事態は極めて不穏だった。
一方、ようやくギリシャに入り込んだ難民は、さらに最終目的地のオーストリア、あるいはドイツに行こうとした。徒歩で、あるいは、おそらくぼったくりのタクシーやらバスで、難民は野宿をしながらマケドニア、セルビアを経由し、ハンガリーに向かって黙々と北進した。
困ったのは難民が絶え間なく到着するハンガリーだった。これ以上の流入を防ぐため、セルビアとの国境を閉めようとしたが、うまくは行かなかった。難民は、あたかも水が地面に浸み込むように、どんな小さな隙間でも見つけて、続々とハンガリーに入ってきた。
先週も書いたが、ハンガリーはその難民をそのまま通過させてオーストリアに出すわけにはいかない。ダブリン協定により、EUの難民は最初に足をつけたEU国が保護すると決められているからだ。しかし難民は、ハンガリーで保護されるとオーストリア、あるいはドイツへの道が閉ざされるため、保護されないよう逃げ惑った。
(→『EUを揺るがす「難民」問題〜次々流れ着く溺死体、冷蔵車内で71人窒息死も』http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45097)
(→『EUを揺るがす「難民」問題〜次々流れ着く溺死体、冷蔵車内で71人窒息死も』http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45097)
本当なら、シリア難民が最初に足をつけたEU国はギリシャである場合が多いのだが、ギリシャは今、難民の面倒を見る余裕がないため、ほとんどを素通りさせている。
8月の終わり、ブダペスト駅周辺には、何千人もの難民が野宿し、何日もドイツ行きの列車を待っていた。しかし、ハンガリーは列車を出さず、状況は極端に不穏になった。しかも難民の数は、保護しようにもすでに膨れ上がり過ぎていた。
そこで、困り果てたハンガリー政府が、8月31日、オーストリア経由ドイツ行きの列車を動かしたことはすでに書いた。しかし、EU諸国がそれをすぐさま非難したため、後続の列車は動かせなかった。
業を煮やした難民たちは、徒歩でオーストリア国境に向かい始めた。ハンガリーの国道をトボトボと歩く難民の列が何キロも続き、それが上空から撮影されてニュースで流された。これが今、ヨーロッパで起こっている出来事だとは、とても信じ難かった。
まさにそんなときに、アイランの遺体の写真が、EUの中を稲妻のように駆け巡ったのだ。写真は、ときに恐ろしいほどの力を発揮する。世論が急激に変わった。「どんな協定があろうとも、この悲劇を見過ごすことは罪だ」、「トボトボ歩いている難民を救え」という声が高まった。
そこでメルケル首相は、例外措置として、ハンガリーにいる難民を受け入れると発表した。歩いていた難民にバスが差し向けられ、何十台ものバスが連なってミュンヘンに向かった。ハンガリー発ミュンヘン行きの列車も続々と走り始めた。
難民に対する考えは、依然として一枚岩ではない9月5日、ミュンヘンに着いた難民は8000人。6日が12000人、7日が11000人。何週間ものあいだ、不安とともに野外をさまよっていた難民が、ようやく安全な場所にたどり着いたのだ。
登録、健康チェック、そして寝る場所と食べる物と日用品の確保と、バイエルン州当局の運営力は、ほとんど限界に近かったと思う。見本市会場にも、2000台の簡易ベッドが並べられた。
興味深かったのは、初日、難民のうちで入院が必要だった人がたった5人しかいなかったということだ。「過酷な状況からすると、皆、驚くほど元気だ」と医療関係者は言った。
そこでメルケル首相は、例外措置として、ハンガリーにいる難民を受け入れると発表した。歩いていた難民にバスが差し向けられ、何十台ものバスが連なってミュンヘンに向かった。ハンガリー発ミュンヘン行きの列車も続々と走り始めた。
難民に対する考えは、依然として一枚岩ではない9月5日、ミュンヘンに着いた難民は8000人。6日が12000人、7日が11000人。何週間ものあいだ、不安とともに野外をさまよっていた難民が、ようやく安全な場所にたどり着いたのだ。
登録、健康チェック、そして寝る場所と食べる物と日用品の確保と、バイエルン州当局の運営力は、ほとんど限界に近かったと思う。見本市会場にも、2000台の簡易ベッドが並べられた。
興味深かったのは、初日、難民のうちで入院が必要だった人がたった5人しかいなかったということだ。「過酷な状況からすると、皆、驚くほど元気だ」と医療関係者は言った。
しかし、考えてみれば、元気な人間しかたどり着けなかったのだ。そして、その元気な難民の多くはアフリカ難民とは異なり、教養があり、技術があり、しかも英語の上手な人々だ。産業界は、安価で良質で、しかもやる気満々の労働力が転がり込んできたと、手ぐすね引いている。
た
だ、このペースで難民を受け入れ続けることは、当然、不可能だ。すでに7日、ドイツの連邦首相府長官アルトマイヤー氏が、「我々は年間50万人なら難民を
受け入れることができる。それ以上については、EUの協力を強く希望する」というコメントを出した。このままいくと、今年ドイツにやってくる難民は100
万人を超える。
連立与党CSU(キリスト教社会同盟)の党首ゼーホーファー氏は、ハンガリーにいる難民を受け入れ
たメルケル首相の決断を、完全に間違ったシグナルであると強く非難している。このシグナルを受けて、来年も再来年も難民はどんどん来るだろう。その波を止
めるのは、難民が命を落とすことに直結するので、とても難しい。
さらに言うなら、現在、難民保護に大きく傾いている世論さえ、いつ揺り戻しが来るかわからない。情緒のみで叫ぶ人々ほど、あてにならないものはない。ドイツでは、今年になってすでに難民収容所の放火が340件近く起こっているという事実もある。国民の難民に対する考えは、一枚岩ではない。
一枚岩でないのはEU内でも同じで、内務大臣が集合して対策を協議しているが、効果的、かつ人道的な難民問題の解決法などあるはずもない。話し合いの方向は自ずと、いかにすればEUに来る難民を減らせるかということと、難民の押し付け合いに終始する。
冒頭のシリアの男の子、アイランの父親は4日、家族の遺体とともにコバニに戻った。長かった旅の振り出しだ。今年に入ってクルド族が再びコバニを奪還したので、今、ここは一応の平静が保たれている。
その前日、カナダ政府が生き残った父親にビザの支給を申し出た。しかし父親は、家族の眠るこの地を、もう離れるつもりはない
現代ビジネス2015.9.11
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45241
日本も難民を引き受けろとか国連が言ってるようだが
【youtube】難民殺到のハンガリー 駅での野宿に嫌がらせも(15/09/05)
端的に言うとこれが原因だわね・・・ロシアに言う権利があるか疑問だけども
国境をなくしヒトモノカネの移動を自由にした結果
→富める国にヒトモノカネが移動しますます寡占化が進む
→富める国自体も格差社会に
さぁ、得をするのは誰?
これが・・おサヨク様の理想とする麗しき人類愛に満ちた世界なんでしょうか
【ニコニコ動画】ハンガリー政府の支援は線路に投捨てw難民が去ったブダぺスト駅の惨状が
【youtube】「おりの中の動物のように」食料を与えられる難民たち、ハンガリー Video shows refugees fed 'like animals in pen' in Hungary camp
ジョン・ダワーとハーバート・ノーマンと「アジアへの加害責任」
歴史通 2015.7月号
ジョージ・パッカード氏@国際文化会館
http://www.i-house.or.jp/programs/publicprogram2002/
国際文化会館といえば
イタリアで実刑を受けたにも関わらずアントニオ・ネグリ氏を招聘したところ
テロリストもNO PROBLEM!国境なんてないさ
そして・・
侮日新聞ジャパンタイムズ ニフコ会長10億円申告漏れ 海外転々
追記2015.9.12
加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動
1983 年にピースボートがアジアへ船を出すきっかけにもなった歴史教科書問題。アジアでは、日本が引き起こし、アジア諸国に多大な犠牲をもたらしたアジア・太平 洋戦争の捉え方をめぐって、さまざまな議論が起きてきました。ピースボートでは、過去の戦争を見つめ、未来の平和を築くために、戦場となった現場をめぐ り、市民レベルでの国際交流と対話を続けています。日本とアジア諸国との関係がぎくしゃくしている今だからこそ、こうした取り組みが必要とされています。
http://peaceboat.org/projects/history?pj=about
参考
反日ネットワークの正体
羽仁五郎とハーバート・ノーマン
左翼はなぜ嘘をつくのか
中指立てて仲良くしようゼと言う187人の歴史学者
吉松育美さん騒動12 ベトナム反戦運動とピースボート
ジョン・ダワーのノーマン再評価で
「日本悪玉論」拡散
産経新聞編集委員 岡部伸
(一部抜粋)
p60~62
評論家の江崎道朗氏によると、ノーマン復権を唱えたダワー教授の理論の下敷きになったのがベトナム反戦運動を展開したニュー・レフト(新左翼)だっ た。彼らは、ソ連の支援を受けた北ベトナムが勝利し、共産政権ができれば、東南アジアにも共産主義政権が誕生し、世界共産化が進むと考えた。ところが 1965年のインドネシア共産クーデターが阻止され、反共を掲げる東南アジア諸国連合(ASEAN)が創設された。そこでニュー・レフトの理論的指導者、カリフォルニア大学のヘルベルト・マルクーゼ教授が1969年、『解放論の試み』を出版し、アジア・アフリカの解放には、共産勢力の強化より、資本主義国の弱体化が必要と訴えた。
皇室解体と加害責任追及
このマルクーゼ理論を基にダワー教授は、ベトナム、ひいてはアジアの民主化を阻害する米国の帝国主義者たちがアジアで影響力を保持するのは、日米同盟と日本の経済力があるからだとして、日米同盟を解体し日本を弱体化することが、アジアの民主化につながると考えた。そしてダワー教授らは次のように訴えた。
「占 領政策で日本の民主化は進んだものの、日本の官僚制を活用する間接統治と『逆コース』で占領政策が骨抜きとなり、『天皇制』など戦前の専制体制が温存され た。さらに昭和天皇の戦争責任を不問にするなど東京裁判が不徹底に終わったため、日本は『過去の侵略を反省できない、アジアから信頼されない国家』になっ た。そこでもう一度、徹底した民主化(憲法の国民主権に基づく皇室解体)と東京裁判のやり直し、アジア諸国への加害責任の追及を行うべきだ。そのため民主 化と加害責任の追及を行う日本の民主勢力(例えば、家永三郎氏のような『勇気』ある歴史家たち)を支援するべきだ(ダワー教授は1999年、後述する『抗日連合会』や土井たか子元社民党党首らと連携して、家永三郎氏にノーベル平和賞を受賞させる運動を展開している」
「暗黒史観」であるノーマン理論を引き継いで「未完の占領改革」を徹底せよというのである。こうして日本の加害責任を改めて追及して日本を弱体化させ、アジアの民主化を促すという世界戦略が米国のニュー・レフトの間で確立されたのである。
ノーマン理論復権
米国でのダワー教授のノーマン再評価を受けて日本でもノーマン理論が復権する。没後20年を期して77年に全集が刊行され、87年には全集の増補が刊行される。さらに左派リベラル勢力が「一般国民もアジア侵略の加害者である」と戦争責任を問い始めた。
その理論を支えた一人となった一橋大学の油井大三郎名誉教授は 1989年にノーマンを再評価する『未完の占領革命ー米国知識人と捨てられた日本民主化構想』を上梓し、「武装解除されても、天皇制が残るならば、日本は 他の世界にとって未解決な危険な問題であり続ける」とのノーマンの発言を引用して、アジアから信頼を得るには、日本人自身が天皇制解体や加害責任追及を完 遂するべきだと唱えた。言い換えれば東京裁判をやり直し、日本の加害責任を徹底追及しなければ、「占領革命」が完了しない、と訴えかけた。
こうしてノーマンが説いた「アジアへの加害者責任」の自虐史観は日本に浸透し、日本で謝罪外交の必要性が理論化された。日本国内で運動の中心的役割を果たすのが家永教科書検定訴訟支援運動だった。この結果、1980年代後半ごろから日本を始め世界各地に日本に謝罪と補償をさせる「反日」組織が誕生する。
東南アジアなどの戦争の被害地を訪問して加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動が83年に辻元清美衆院議員が発起人となって始まる。84年には家永教科書訴訟を支援する形で「南京事件調査研究会」が発足され、84、87年に中国を訪問し、中国側の主張に沿って『侵華日軍南京大屠殺資料専輯』を翻訳して出版するなど「南京大虐殺」キャンペーンを始めている。また86年には、中国、韓国などの反日活動家を訪日させ、日本の加害責任を追及する国際ネットワーク構築が始まった。
韓国で親北系のハンギョレ新聞で「『挺身隊』怨念の足跡取材記」の慰安婦キャンペーンが始まるのは90年1月だった。翌2月17日、戸塚悦朗弁護士が国連人権委員会で「従軍慰安婦・強制連行」を取り上げている。
在米中国人が日本の戦争責任を蒸し返して米国や国連を舞台に日本に謝罪と補償を求めて反日宣伝を行う「対日索賠中華同胞会」が出来るのは87年だ。狙いを 「南京大虐殺」に絞った「紀念南京大虐殺受難同胞連合会」を結成、翌92年にはカリフォルニアで「抗日戦争史実維護会」が組織される。
米国での中国系反日活動に連動して88年に香港で「香港紀念抗日受難同胞聯會」が結成されたのを皮切りにカナダなど世界各地で同趣旨の組織が結成され、94年12月、30を超える中国系反日組織を結集させる連合体として「世界抗日戦争史実維護聯合会」(抗日連合会)が 結成される。中国政府と連携した中国系米人たちが「日本に戦争での残虐行為を謝罪させ、賠償させる」 ことを主目的に設立した「抗日連合会」が、「歴史戦」の主役として北米で日本の戦争責任を追及する苛烈な反日プロパガンダを20年にわたって繰り返してい る。南京事件のほかに捕虜虐待、731部隊、慰安婦を挙げてきた。戦犯裁判や対日講和条約での日本の責任受け入れを一切、認めない点で明白な反日組織だ。 昨年、カリフォルニア州グレンデール市やニュージャージー州で慰安婦像を設置したのは記憶に新しい。「南京大虐殺」を目撃したとするドイツ人のジョン・ ラーベの日記を発掘し、ドイツを「南京大虐殺」キャンペーンに捲き込んだり、反日集会に参加したアイリス・チャンに『ザ・レイプ・オブ・南京』を執筆させたりしたのも「抗日連合会」だった。
21世紀になると、ノーマンの再評価が広がる。ライシャワーの駐日大使時代の特別補佐官で、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院の学院長を務めたジョージ・パッカード氏も2001年に東京・六本木の国際文化会館で、 「ライシャワーの日本近代史観は楽観主義が強すぎて軽視される一方、ダワーの『敗北を抱きしめて』やハーバート・ビックスの『昭和天皇』などの著作にみら れるように、ライシャワーと対照的なノーマンの史観に評価が高まっている」とライシャワーを批判し、ノーマンを持ち上げた。
こうした ノーマン再評価を背景に中国、韓国はじめ、米国やカナダ、香港でも「日本の加害者責任」と人権を結びつけ、日本を弱体化させる反日国際ネットワークが次々 と構築され、反日プロパガンダは現在も世界で広がっている。中国が仕掛ける「歴史戦」の活断層はこのあたりにあるともいえる。
「日本悪玉論」拡散
産経新聞編集委員 岡部伸
(一部抜粋)
p60~62
評論家の江崎道朗氏によると、ノーマン復権を唱えたダワー教授の理論の下敷きになったのがベトナム反戦運動を展開したニュー・レフト(新左翼)だっ た。彼らは、ソ連の支援を受けた北ベトナムが勝利し、共産政権ができれば、東南アジアにも共産主義政権が誕生し、世界共産化が進むと考えた。ところが 1965年のインドネシア共産クーデターが阻止され、反共を掲げる東南アジア諸国連合(ASEAN)が創設された。そこでニュー・レフトの理論的指導者、カリフォルニア大学のヘルベルト・マルクーゼ教授が1969年、『解放論の試み』を出版し、アジア・アフリカの解放には、共産勢力の強化より、資本主義国の弱体化が必要と訴えた。
皇室解体と加害責任追及
このマルクーゼ理論を基にダワー教授は、ベトナム、ひいてはアジアの民主化を阻害する米国の帝国主義者たちがアジアで影響力を保持するのは、日米同盟と日本の経済力があるからだとして、日米同盟を解体し日本を弱体化することが、アジアの民主化につながると考えた。そしてダワー教授らは次のように訴えた。
「占 領政策で日本の民主化は進んだものの、日本の官僚制を活用する間接統治と『逆コース』で占領政策が骨抜きとなり、『天皇制』など戦前の専制体制が温存され た。さらに昭和天皇の戦争責任を不問にするなど東京裁判が不徹底に終わったため、日本は『過去の侵略を反省できない、アジアから信頼されない国家』になっ た。そこでもう一度、徹底した民主化(憲法の国民主権に基づく皇室解体)と東京裁判のやり直し、アジア諸国への加害責任の追及を行うべきだ。そのため民主 化と加害責任の追及を行う日本の民主勢力(例えば、家永三郎氏のような『勇気』ある歴史家たち)を支援するべきだ(ダワー教授は1999年、後述する『抗日連合会』や土井たか子元社民党党首らと連携して、家永三郎氏にノーベル平和賞を受賞させる運動を展開している」
「暗黒史観」であるノーマン理論を引き継いで「未完の占領改革」を徹底せよというのである。こうして日本の加害責任を改めて追及して日本を弱体化させ、アジアの民主化を促すという世界戦略が米国のニュー・レフトの間で確立されたのである。
ノーマン理論復権
米国でのダワー教授のノーマン再評価を受けて日本でもノーマン理論が復権する。没後20年を期して77年に全集が刊行され、87年には全集の増補が刊行される。さらに左派リベラル勢力が「一般国民もアジア侵略の加害者である」と戦争責任を問い始めた。
その理論を支えた一人となった一橋大学の油井大三郎名誉教授は 1989年にノーマンを再評価する『未完の占領革命ー米国知識人と捨てられた日本民主化構想』を上梓し、「武装解除されても、天皇制が残るならば、日本は 他の世界にとって未解決な危険な問題であり続ける」とのノーマンの発言を引用して、アジアから信頼を得るには、日本人自身が天皇制解体や加害責任追及を完 遂するべきだと唱えた。言い換えれば東京裁判をやり直し、日本の加害責任を徹底追及しなければ、「占領革命」が完了しない、と訴えかけた。
こうしてノーマンが説いた「アジアへの加害者責任」の自虐史観は日本に浸透し、日本で謝罪外交の必要性が理論化された。日本国内で運動の中心的役割を果たすのが家永教科書検定訴訟支援運動だった。この結果、1980年代後半ごろから日本を始め世界各地に日本に謝罪と補償をさせる「反日」組織が誕生する。
東南アジアなどの戦争の被害地を訪問して加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動が83年に辻元清美衆院議員が発起人となって始まる。84年には家永教科書訴訟を支援する形で「南京事件調査研究会」が発足され、84、87年に中国を訪問し、中国側の主張に沿って『侵華日軍南京大屠殺資料専輯』を翻訳して出版するなど「南京大虐殺」キャンペーンを始めている。また86年には、中国、韓国などの反日活動家を訪日させ、日本の加害責任を追及する国際ネットワーク構築が始まった。
韓国で親北系のハンギョレ新聞で「『挺身隊』怨念の足跡取材記」の慰安婦キャンペーンが始まるのは90年1月だった。翌2月17日、戸塚悦朗弁護士が国連人権委員会で「従軍慰安婦・強制連行」を取り上げている。
在米中国人が日本の戦争責任を蒸し返して米国や国連を舞台に日本に謝罪と補償を求めて反日宣伝を行う「対日索賠中華同胞会」が出来るのは87年だ。狙いを 「南京大虐殺」に絞った「紀念南京大虐殺受難同胞連合会」を結成、翌92年にはカリフォルニアで「抗日戦争史実維護会」が組織される。
米国での中国系反日活動に連動して88年に香港で「香港紀念抗日受難同胞聯會」が結成されたのを皮切りにカナダなど世界各地で同趣旨の組織が結成され、94年12月、30を超える中国系反日組織を結集させる連合体として「世界抗日戦争史実維護聯合会」(抗日連合会)が 結成される。中国政府と連携した中国系米人たちが「日本に戦争での残虐行為を謝罪させ、賠償させる」 ことを主目的に設立した「抗日連合会」が、「歴史戦」の主役として北米で日本の戦争責任を追及する苛烈な反日プロパガンダを20年にわたって繰り返してい る。南京事件のほかに捕虜虐待、731部隊、慰安婦を挙げてきた。戦犯裁判や対日講和条約での日本の責任受け入れを一切、認めない点で明白な反日組織だ。 昨年、カリフォルニア州グレンデール市やニュージャージー州で慰安婦像を設置したのは記憶に新しい。「南京大虐殺」を目撃したとするドイツ人のジョン・ ラーベの日記を発掘し、ドイツを「南京大虐殺」キャンペーンに捲き込んだり、反日集会に参加したアイリス・チャンに『ザ・レイプ・オブ・南京』を執筆させたりしたのも「抗日連合会」だった。
21世紀になると、ノーマンの再評価が広がる。ライシャワーの駐日大使時代の特別補佐官で、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院の学院長を務めたジョージ・パッカード氏も2001年に東京・六本木の国際文化会館で、 「ライシャワーの日本近代史観は楽観主義が強すぎて軽視される一方、ダワーの『敗北を抱きしめて』やハーバート・ビックスの『昭和天皇』などの著作にみら れるように、ライシャワーと対照的なノーマンの史観に評価が高まっている」とライシャワーを批判し、ノーマンを持ち上げた。
こうした ノーマン再評価を背景に中国、韓国はじめ、米国やカナダ、香港でも「日本の加害者責任」と人権を結びつけ、日本を弱体化させる反日国際ネットワークが次々 と構築され、反日プロパガンダは現在も世界で広がっている。中国が仕掛ける「歴史戦」の活断層はこのあたりにあるともいえる。
ジョージ・パッカード氏@国際文化会館
http://www.i-house.or.jp/programs/publicprogram2002/
国際文化会館といえば
イタリアで実刑を受けたにも関わらずアントニオ・ネグリ氏を招聘したところ
テロリストもNO PROBLEM!国境なんてないさ
そして・・
侮日新聞ジャパンタイムズ ニフコ会長10億円申告漏れ 海外転々
追記2015.9.12
加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動
1983 年にピースボートがアジアへ船を出すきっかけにもなった歴史教科書問題。アジアでは、日本が引き起こし、アジア諸国に多大な犠牲をもたらしたアジア・太平 洋戦争の捉え方をめぐって、さまざまな議論が起きてきました。ピースボートでは、過去の戦争を見つめ、未来の平和を築くために、戦場となった現場をめぐ り、市民レベルでの国際交流と対話を続けています。日本とアジア諸国との関係がぎくしゃくしている今だからこそ、こうした取り組みが必要とされています。
http://peaceboat.org/projects/history?pj=about
参考
反日ネットワークの正体
羽仁五郎とハーバート・ノーマン
左翼はなぜ嘘をつくのか
中指立てて仲良くしようゼと言う187人の歴史学者
吉松育美さん騒動12 ベトナム反戦運動とピースボート
あのソフトバンクが動画配信最大手ネットフリックスと“独占契約”
【経済インサイド】
あのソフトバンクが動画配信最大手ネットフリックスと“独占契約”
iPhoneに次ぐ「2匹目のドジョウ」となるか?
インターネットを使った有料動画配信で世界最大手のネットフリックス。日本参入に当たり、ソフトバンクとタッグを組んだ。携帯電話販売店や家電量販店で手 軽に申し込めるようにして、効率的に市場開拓を図る。一方のソフトバンクがもくろむのは、店頭販売の独占により、携帯や光回線の利用者を自社サービスに囲 い込むことだ。かつて国内独占販売によって新規契約増の強い武器となった米アップル製スマートフォン「アイフォーン」のように、NTTドコモやKDDIと の差別化につながる“2匹目のドジョウ”へと育てられるかが注目される。
あのソフトバンクが動画配信最大手ネットフリックスと“独占契約”
iPhoneに次ぐ「2匹目のドジョウ」となるか?
インターネットを使った有料動画配信で世界最大手のネットフリックス。日本参入に当たり、ソフトバンクとタッグを組んだ。携帯電話販売店や家電量販店で手 軽に申し込めるようにして、効率的に市場開拓を図る。一方のソフトバンクがもくろむのは、店頭販売の独占により、携帯や光回線の利用者を自社サービスに囲 い込むことだ。かつて国内独占販売によって新規契約増の強い武器となった米アップル製スマートフォン「アイフォーン」のように、NTTドコモやKDDIと の差別化につながる“2匹目のドジョウ”へと育てられるかが注目される。
◇
「革新的で、不確実性をいとわないパートナーが必要だ。ソフトバンクは、まさにそうした存在だ」
8月24日の発表会見で、ネットフリックス日本法人のグレッグ・ピーターズ社長は提携するソフトバンクをそう持ち上げた。有料放送の利用者が9割に上る米
国などと異なり、「テレビは無料で視聴するもの」という意識が日本では根強い。その市場攻略を目指すには、米国のようなネットでの直接契約だけでなく、店
頭を通じた営業力が欠かせない。スマホや光回線を申し込みに来た来店者たちに動画配信サービスも売り込んでもらえば、加入者を早期に伸ばせる-というの
が、携帯大手をパートナーに選んだ理由だ。
ソフトバンクの宮内謙社長は「両社の関係がウィン-ウィンになることを目指した。たくさん売 れば当然、僕らがウィンになる」と強調。全国数千カ所の携帯販売網をネットフリックスの加入促進に活用する。ネット手続きの場合は誰でも申し込めるが、対 面で手続きができるのはソフトバンクのユーザーだけだ。さらに利便性を高めるため、毎月の視聴料を携帯の料金と合わせて支払えるようにした。
動画のデータ量は標準画質(SD)で1時間当たり0.7ギガ、高画質(HD)で最大30ギガ。同社のスマホ料金は現在、月間通信量2ギガバイトのプランが 3500円、5ギガバイトで5000円だが、大容量の動画を楽しむために100万人が2ギガプランから5ギガプランへ移行すれば、増収効果は年間180億 円、200万人なら360億円に上る。携帯の増収だけにとどまらず「『ソフトバンク光』の契約数も向上するだろう」(宮内社長)とそろばんを弾く。
◇
その挽回に向けKDDIは、8月20日にテレビ朝日との業務提携を発表した。「AKB48」が出演するドラマの別バージョンといったオリジナル番組の提供 や、地上波放送でのPRによって、ビデオパス会員の拡大と携帯加入者の囲い込みを図る。利用者の視聴履歴などをビッグデータとして分析し、番組の企画・制 作に活用するという新機軸の取り組みも始める。
携帯大手以外では、日本テレビが昨年買収した子会社Huluを通じ、地上波と連動した専用番組の配信を開始。ネット通販の米アマゾン・ドット・コムや、 「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブもサービスを拡大するなど、ネットフリックスの参入を引き金に、加入者獲得合戦が激しく なってきた。
動画配信世界最大手と組んだソフトバンクが狙い通りに通信事業の業績アップへとつなげられるか。国内の動画配信の普及をも左右する可能性がありそうだ。(山沢義徳)
産経ニュース2015.9.8
http://www.sankei.com/premium/news/150908/prm1509080002-n1.html
ソフトバンクの宮内謙社長は「両社の関係がウィン-ウィンになることを目指した。たくさん売 れば当然、僕らがウィンになる」と強調。全国数千カ所の携帯販売網をネットフリックスの加入促進に活用する。ネット手続きの場合は誰でも申し込めるが、対 面で手続きができるのはソフトバンクのユーザーだけだ。さらに利便性を高めるため、毎月の視聴料を携帯の料金と合わせて支払えるようにした。
ソフトバンクは契約者の獲得数に応じてマージンを得るが、狙いは当然そこではない。
KDDIに続き、昨秋からドコモも「アイフォーン」の取り扱いを始めた結果、携帯電話サービスは大手3社横並びとなり、ソフトバンクの今年度第1四半期の
契約純増数は微増にとどまり苦戦に陥っている。販売面でネットフリックスとの独占提携を結び、2社との違いを打ち出すことで横並び状況の打破を目指す。
さらにうまみが大きいのは、加入者がソフトバンク回線でネットフリックスを視聴することによるデータ通信料の増収だ。動画のデータ量は標準画質(SD)で1時間当たり0.7ギガ、高画質(HD)で最大30ギガ。同社のスマホ料金は現在、月間通信量2ギガバイトのプランが 3500円、5ギガバイトで5000円だが、大容量の動画を楽しむために100万人が2ギガプランから5ギガプランへ移行すれば、増収効果は年間180億 円、200万人なら360億円に上る。携帯の増収だけにとどまらず「『ソフトバンク光』の契約数も向上するだろう」(宮内社長)とそろばんを弾く。
◇
従来型携帯からスマホへの買い替えが一段落し、機種変更のペースも鈍った結果、端末市場は低迷が続いている。IT専門調査会社MM総研によると、昨年度の
国内出荷台数は前年比3.9%減の3788万台と3年連続で減少した。動画や音楽などのコンテンツ配信を新しい収益の柱に育てることは、携帯3社にとって
の共通課題となっている。
動画配信では、ドコモの「dTV」が3社で最多の465万会員を獲得しているのに対し、KDDIの「ビデオパス」とソフトバンクの「UULA」はそれぞれ100万会員余りと、ドコモの後塵を拝している状況だ。その挽回に向けKDDIは、8月20日にテレビ朝日との業務提携を発表した。「AKB48」が出演するドラマの別バージョンといったオリジナル番組の提供 や、地上波放送でのPRによって、ビデオパス会員の拡大と携帯加入者の囲い込みを図る。利用者の視聴履歴などをビッグデータとして分析し、番組の企画・制 作に活用するという新機軸の取り組みも始める。
ソフトバンクも、ビッグデータなどを活用しながらネットフリックスの独自コンテンツ制作に参画する方針だ。ネットフリックスはフジテレビや吉本興業とも共同制作に取り組み、洋画や海外ドラマが多い作品ラインアップを日本市場向けに強化していく。
先行するドコモは、2011年11月のサービス開始後1年4カ月で400万会員を突破したが、その後は伸び悩んでいる。そのため今年に入って大量のテレビCMを打ち、「進撃の巨人」といったキラーコンテンツを導入するなど、もう一段のテコ入れを図り出している。携帯大手以外では、日本テレビが昨年買収した子会社Huluを通じ、地上波と連動した専用番組の配信を開始。ネット通販の米アマゾン・ドット・コムや、 「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブもサービスを拡大するなど、ネットフリックスの参入を引き金に、加入者獲得合戦が激しく なってきた。
動画配信世界最大手と組んだソフトバンクが狙い通りに通信事業の業績アップへとつなげられるか。国内の動画配信の普及をも左右する可能性がありそうだ。(山沢義徳)
産経ニュース2015.9.8
http://www.sankei.com/premium/news/150908/prm1509080002-n1.html
最近よくCM見るなと思っていたらソフトバンクでしたか
ソフトバンクは映画『アンブロークン』製作会社 レジェンダリーに出資したわけですが
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NCTYWF6JTSEZ01.html
監督アンジェリーナ・ジョリーの現在
http://www.nationalenquireruk.com/
( `ハ´ )人も金もすり抜けていくアルよ・・・・
【経済裏読み】
“暴落相場”ちゃっかり売り抜け 中国富裕層、“政府宣伝”に躍らず “頭脳流出”で市場当局も素人?
暴落した中国株式市場から、富裕層の一部はうまく抜け出していたらしい。中国の決済機関によると、株式口座残高が1000万元(約2億円)を超える大口トレーダーの数が7月には3割近く減っていた一方、10万元未満のトレーダー数は8%増えていた。ブルームバーグが報じた。中国政府は強気の相場観を変えていないが、“情報通”の富裕層はちゃっかり売り抜け、政府を信じる投資家が過酷な市場を耐えている構図だ。中国政府の思いのままにならぬ市場の裏では、エリート層の静かな中国離れも進んでいる。
相場を動かす富裕層
6月12日に上海総合指数が年初来最高値の5178・2を付けて以降、相場は下落基調に入った。実体経済から乖離した高値を恐怖した投資家が売りを加速させたためだ。
中国当局は7月1日から信用取引に関する証券会社への規制を緩和するなどの刺激策で投資家を引き留めようとしたが、その思惑に反するように取引の手じまいに入った富裕層は多かったようだ。
ブルームバーグによると、株式の保有残高が「100万~1000万元」の投資家数は7月に前月比で22%減少。世界的な投資会社CLSAキャピタルパート ナーズの香港戦略担当責任者のコメントとして、「相場を動かしたのは富裕層の顧客。彼らは情報通だ」との分析を紹介した。
中国政府の宣伝に躍らず、海外情報を活用できる投資家がうまく混乱の中で立ち回っている様子が浮かぶ。
事態を収束できない当局
中国人民銀行(中央銀行)が2年4カ月ぶりに利下げに踏み切った昨年11月22日から、利下げは計5回に及ぶ。当初は不動産市況の悪化に歯止めをかける狙いとみられたが、いまや中国経済の屋台骨を支えるための価格操作の色合いが濃くなっている。
巨額資金の逃避に加えて、政府がそれをくい止める力を欠き、混乱を世界に広げている。なぜ事態を収束できないのか。
ロイター通信はその原因の一端として、中国証券監督管理委員会(CSRC)の頭脳流出を挙げた。2008年のリーマン・ショックに伴う金融危機の中、政府は中国系の専門家の引き抜きを積極化していたが、今年夏の株の急落局面において、人材を生かすことはできなかった。海外から中国に戻った「海亀族」と呼ばれるこうしたエリートは、すでに当局の仕事に失望して民間企業に移ってしまっていたからだという。
出世できない「海亀組」
同通信は、「CSRCでは国際経験が最も豊富な人が追いやられた」との銀行エコノミストのコメントを紹介。内部関係者の話として「(採用後の帰国組は)誰 1人として昇進しなかった」という。CSRCからコメントは得られなかったとしている。また上海総合取引所からも離職者が相次いでおり、金融市場が「素人 の手に委ねられている」との中国ファンドマネジャーらの嘆きも掲載した。
ニューズウィーク日本版が昨年報じた中国の資産家393人を対象にした調査リポート。それによれば、中国の富裕層(資産1000万元以上)の64%がすでに国外に移住したか、計画を持っている。子供の留学は富裕層の8割が考えており、希望国の1位が米国という。
深刻な大気汚染が覆い、景気の悪化が襲う中国。富裕層が国にとどまり、資産を持ち続けるメリットは小さくなっている。
産経WEST2015.9.8
http://www.sankei.com/west/news/150908/wst1509080006-n1.html
“暴落相場”ちゃっかり売り抜け 中国富裕層、“政府宣伝”に躍らず “頭脳流出”で市場当局も素人?
暴落した中国株式市場から、富裕層の一部はうまく抜け出していたらしい。中国の決済機関によると、株式口座残高が1000万元(約2億円)を超える大口トレーダーの数が7月には3割近く減っていた一方、10万元未満のトレーダー数は8%増えていた。ブルームバーグが報じた。中国政府は強気の相場観を変えていないが、“情報通”の富裕層はちゃっかり売り抜け、政府を信じる投資家が過酷な市場を耐えている構図だ。中国政府の思いのままにならぬ市場の裏では、エリート層の静かな中国離れも進んでいる。
相場を動かす富裕層
6月12日に上海総合指数が年初来最高値の5178・2を付けて以降、相場は下落基調に入った。実体経済から乖離した高値を恐怖した投資家が売りを加速させたためだ。
中国当局は7月1日から信用取引に関する証券会社への規制を緩和するなどの刺激策で投資家を引き留めようとしたが、その思惑に反するように取引の手じまいに入った富裕層は多かったようだ。
ブルームバーグによると、株式の保有残高が「100万~1000万元」の投資家数は7月に前月比で22%減少。世界的な投資会社CLSAキャピタルパート ナーズの香港戦略担当責任者のコメントとして、「相場を動かしたのは富裕層の顧客。彼らは情報通だ」との分析を紹介した。
中国政府の宣伝に躍らず、海外情報を活用できる投資家がうまく混乱の中で立ち回っている様子が浮かぶ。
事態を収束できない当局
中国人民銀行(中央銀行)が2年4カ月ぶりに利下げに踏み切った昨年11月22日から、利下げは計5回に及ぶ。当初は不動産市況の悪化に歯止めをかける狙いとみられたが、いまや中国経済の屋台骨を支えるための価格操作の色合いが濃くなっている。
巨額資金の逃避に加えて、政府がそれをくい止める力を欠き、混乱を世界に広げている。なぜ事態を収束できないのか。
ロイター通信はその原因の一端として、中国証券監督管理委員会(CSRC)の頭脳流出を挙げた。2008年のリーマン・ショックに伴う金融危機の中、政府は中国系の専門家の引き抜きを積極化していたが、今年夏の株の急落局面において、人材を生かすことはできなかった。海外から中国に戻った「海亀族」と呼ばれるこうしたエリートは、すでに当局の仕事に失望して民間企業に移ってしまっていたからだという。
出世できない「海亀組」
同通信は、「CSRCでは国際経験が最も豊富な人が追いやられた」との銀行エコノミストのコメントを紹介。内部関係者の話として「(採用後の帰国組は)誰 1人として昇進しなかった」という。CSRCからコメントは得られなかったとしている。また上海総合取引所からも離職者が相次いでおり、金融市場が「素人 の手に委ねられている」との中国ファンドマネジャーらの嘆きも掲載した。
ニューズウィーク日本版が昨年報じた中国の資産家393人を対象にした調査リポート。それによれば、中国の富裕層(資産1000万元以上)の64%がすでに国外に移住したか、計画を持っている。子供の留学は富裕層の8割が考えており、希望国の1位が米国という。
深刻な大気汚染が覆い、景気の悪化が襲う中国。富裕層が国にとどまり、資産を持ち続けるメリットは小さくなっている。
産経WEST2015.9.8
http://www.sankei.com/west/news/150908/wst1509080006-n1.html
中国やばいーーーヽ( ・∀・)ノ┌┛ガッΣ( `ハ´ )アイヤー
人民元売る時手数料20%(しかもドルで納める)というトンデモ通達
コネある人は役人買収とかですり抜けするんだろうなぁと思っていたし
目端きく人は既に逃げておったとw(想定内
中国の外貨準備高大幅減 当局介入の結果か
中 国の先月末の外貨準備高は3兆5573億ドルと、前の月から930億ドル余り(日本円でおよそ11兆円)の大幅な減少となり、中国経済の先行きへの不透明 感が強まるなかで、人民元の行き過ぎた値下がりを防ぐために金融当局が介入に動いた結果ではないかと指摘されています。
中国の中央銀行「中国人民銀行」は7日、先月末の外貨準備高が3兆5573億ドル(日本円でおよそ424兆円)になったと発表しました。これは、前の月と比べ930億ドル余り(日本円でおよそ11兆円)の大幅な減少で、中国政府が月ごとの数字を公表している1999年以降、ひと月の減少幅としては最も大きくなりました。
市 場ではこのところ、中国経済の減速傾向が強まるなかで通貨・人民元を売ってドルなどの外貨を買う動きが広がっています。このため、今回の大幅な減少は、中 国の金融当局が市中銀行のドル需要に対応しようと外貨準備のドルを供給するとともに、人民元の行き過ぎた値下がりを防ぐために、市場で外貨準備のドルを 売って人民元を買う介入に動いた結果ではないかと指摘されています。
また、中国では去年後半以降、外貨準備高の減少傾向が続いていますが、今回、大幅な落ち込みが明らかになったことで、海外の投資家や企業などが保有する人民元を売って中国から海外へ資金が流出する動きが加速しているという見方も広がっています。
NHKNewsWeb2015.9.8
https://www.nhk.or.jp/news/html/20150908/k10010220281000.html
(数字は大本営発表)中 国の先月末の外貨準備高は3兆5573億ドルと、前の月から930億ドル余り(日本円でおよそ11兆円)の大幅な減少となり、中国経済の先行きへの不透明 感が強まるなかで、人民元の行き過ぎた値下がりを防ぐために金融当局が介入に動いた結果ではないかと指摘されています。
中国の中央銀行「中国人民銀行」は7日、先月末の外貨準備高が3兆5573億ドル(日本円でおよそ424兆円)になったと発表しました。これは、前の月と比べ930億ドル余り(日本円でおよそ11兆円)の大幅な減少で、中国政府が月ごとの数字を公表している1999年以降、ひと月の減少幅としては最も大きくなりました。
市 場ではこのところ、中国経済の減速傾向が強まるなかで通貨・人民元を売ってドルなどの外貨を買う動きが広がっています。このため、今回の大幅な減少は、中 国の金融当局が市中銀行のドル需要に対応しようと外貨準備のドルを供給するとともに、人民元の行き過ぎた値下がりを防ぐために、市場で外貨準備のドルを 売って人民元を買う介入に動いた結果ではないかと指摘されています。
また、中国では去年後半以降、外貨準備高の減少傾向が続いていますが、今回、大幅な落ち込みが明らかになったことで、海外の投資家や企業などが保有する人民元を売って中国から海外へ資金が流出する動きが加速しているという見方も広がっています。
NHKNewsWeb2015.9.8
https://www.nhk.or.jp/news/html/20150908/k10010220281000.html
( `ハ´ )入れても入れても溶ける金 じっと手を見るアル・・・・
http://www.iza.ne.jp/kiji/world/photos/150903/wor15090322270046-p1.html
(近平<あーあ、左手で敬礼しちゃった・・・・)
参考
習近平主席が左手で敬礼? 全世界に向けて「演技」の可能性も<如月の見方>
http://news.searchina.net/id/1587677?page=1
「韓日外交の怪物」崔書勉氏に聞く
「韓日外交の怪物」崔書勉氏に聞く
張徳秀暗殺事件、日本亡命、朴正煕の片腕
画像:http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=78895&thread=01r04
自宅の居室には「竭(けつ)忠報国(忠誠を尽くして国に報いる)」の額が掛かっていた。始林山人(韓国の初代副大統領、李始栄〈イ・シヨン〉の号)が崔書勉(チェ・ソミョン)少年に書き与えたものだという。
今では体が不自由になり、電動の車いすに頼る高齢者になったとはいえ、87歳の崔書勉氏にも「少年」と呼ばれた時代があったのだ。
「私が延禧専門学校(現在の延世大学)に通っていた19歳のときのことだった。『張徳秀(チャン・ドクス)暗殺事件』で投獄されると、当時の李始栄・副大統領がこの一文を送ってくれた。『熱心に勉強せよ(書勉)』という意味の『崔書勉』という名前も新たに付けてくれた。その名前のとおり、生涯かけて韓日関係史を勉強してきたわけだ」
-張徳秀暗殺(1947年)の首謀者というのは本当か。解放後、張徳秀が南側の単独政府樹立に同意したという理由で、銃撃されたと理解しているが。
「当時私は、金九(キム・グ)に従う韓国独立党(韓独党)傘下の、大韓学生連盟の委員長を務めており、2人の暗殺犯がその組織に加入していた。そういう関係しかなかった。もし私が介入していたら、事件が起きた日に逃げたはずで、そのまま家にいて捕まったりするだろうか。無期懲役を言い渡され、1年半後に刑の執行停止で釈放された」
その後は、張勉(チャン・ミョン)博士の秘書を務め、米軍の軍用機に乗って亡命し、東京で韓国研究院を 設立、さらには韓日関係史の貴重な史料・書籍など約20万点の収集、金大中(キム・デジュン)元大統領への後援、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の片 腕、日本政財界の人物を動かす「韓日外交の怪物」……。崔書勉氏自身が「現代史」なのかもしれない。風雲児のように時代を生き、ミステリアスな部分も多 い。
-金九から始めよう。金九はどういう人物なのか。
「行政家的な政治家ではなく、独立運動家として金九を見るべきだ。インドのガンジーは、行政的な意味ではネール(インドの初代首相)に劣る。しかし民族史的な意味で、ネールがガンジーに追い付くことはできない」
-金九は、南側の単独政府に反対した。南北交渉を推進して失敗し、北朝鮮に利用されたという評価を受けている。言わば、今の大韓民国政府の樹立に反対した人物になるわけだが。
「単独政府に反対したのではない。単独政府を立てるにしても、北朝鮮の金日成(キム・イルソン)とひとまず交渉してみてこそ、名分と代表性を手にすることができるという考えだった。実際、金九は今の韓国政府の樹立に決定な寄与を行った」
-どういう点を言っているのか。
「戦後処理構想を話し合うカイロ会談(1943年)に出席する前、蒋介石が金九を呼んだ。『この先、朝鮮問題が出るはずだが、私はどう言うべきか』。当時 は、植民地朝鮮を信託統治しようという雰囲気だった。金九は『信託統治をしたら、私はまたどこかに亡命しなければならない。朝鮮が直ちに独立することを願 うのみ』と答えた。カイロでは、蒋介石の提案で『朝鮮を適当な時期に』独立させると決定した。そのように動かしたのは、金九の寄与だった」
-李承晩(イ・スンマン)元大統領についての評価は。
「反対する側にいたが、尊敬されるべきだ。卓越した政治家だった。南側の単独政府は完成品ではなく、理想的なものでもなかったが、当時の現実において、それなりに評価されるべきだ。功罪は7対3だと思う」
-先生は、李承晩政権時代に張勉博士の秘書を務め、1957年に日本へ亡命したと理解しているが。
「監獄でカトリックに帰依し、盧基南(ノ・ギナム)大司教(韓国人初の司教)や張勉博士と会うようになった。そうした縁で、張勉博士の秘書として働いた。李承晩政権末期に、張勉勢力を除去しようとする工作があった。その情報を知って、この方々が私に『避けているように』と言った。米軍の軍用機で日本に密航した」
崔書勉氏が一人暮らしをしているマンションには、韓日関係の資料や書籍がぎっしりと詰まっている。韓国政府の研究機関や大学にも、崔書勉氏は少なからず貴重資料を渡した。とりわけ、安重根(アン・ジュングン)に関する資料を発掘した功績は大きい。崔書勉氏が日本の古書店で「安応七歴史」という本を入手したことにより、韓国で初めて「安重根伝」を出版することができた。
-日本で韓日関係史の資料収集をやるようになったきっかけは。
「当初、韓国を離れたとき、イタリアに行くことにしていた。日本でイタリア行きの手はずを整える間、国会図書館に通った。そこで、日本がこれまで蓄積した 韓国研究の資料を目にしたのだ。韓国人として恥ずかしかった。イタリア行きをやめて、5年間国会図書館で勉強した。そのうちに、韓国研究院を設立して、自 分でも資料を探し集めるようになった。東京・神田の古本屋通いで忙しかった」
-20万点の資料収集の財源はどこから出たのか。
「私が日本に行くときは、11号車だけだった」
-11号車?
「2本の足で行ったということ。しかし、神は日々の糧をお与えになった。食べるだけの人間には食べ物だけを与え、本をぜひとも必要とする人間には本まで与えた」
-中央情報部のエージェント役をすることで金を受け取っていたのか。
「日本でそのころはやった話だ。中央情報部の金だといわれそうなので、文教部(現在の教育部、「部」は省に相当)に申請して、国会審議を経て補助金をもらった」
-4・19(1960年4月19日。不正選挙に端を発したデモにより、当時の李承晩大統領が下野した事件)の後、張勉政権ができたとき、なぜ戻らなかったのか。
「張勉政権は長続きしなさそうだといううわさを聞いた。韓国からは『仕事をする人間がいないので、早く戻ってこい』と催促されたが、『1年だけ待ってみて戻ろう』と思った。あの方は、太平の世にあっては立派な宰相たる人物だったが、難局にはふさわしくなかった」
-いくらもたたないうちに5・16クーデター(1961年5月16日。朴正熙陸軍少将〈当時〉らによる軍事クーデター)で張勉政権が倒れた。
「私は日本で、反・朴正煕政権の講演をよくやって回った。70年代初め、当時日本に亡命していた金大中元大統領は、私のオフィスで暮らしていたようなものだった。朴正煕政権としては、日本との経済協力が必要な時期だったので、頭を痛めたことだろう。当時、金山政英・駐韓日本大使が朴正煕大統領に『崔書勉と一度会ってみるべき』と勧めたので、私が青瓦台(韓国大統領府)に呼ばれた」
-日本大使がそんな役割を果たせるのか。
「金山大使は在任中(68-72年)、韓国のために多くの役割を果たした。韓日関係がおかしくなったら日本外交は全て役に立たない、という哲学を持ってい た人物だ。ある日、朴正煕大統領が『一杯やろう』と青瓦台に金山大使を呼び、『日本大使も韓国を助けるべきだ。浦項製鉄の建設に関して返事がもらえなけれ ば、戻ってくる必要はない』といって、佐藤栄作首相宛ての親書を託したこともあった。金山大使は『韓国に葬ってほしい』という遺言を残していたので、97 年に韓国のカトリックの墓地に埋葬された」
-ともあれ、金山大使のあっせんで会った朴正煕大統領の第一印象はどうだったか。
「青瓦台に入ると、ちょうど国務会議(閣議に相当)が終わったところらしかった。会議のため応接室に持っていったソファを、運んでいる最中だった。朴正煕 大統領もソファを運ぶ手伝いをしていた。その後、いすに座って『日照りだったが、きょう雨が何ミリか降り、大田まで田植えをやった。もう少し降りさえすれ ば、水原までできるだろう。崔院長が来て、雨も降ってくれたので、感謝している』と言った。妙な気分だった」
-どういう対話を交わしたのか。
「朴正煕大統領に『共産主義者というのは本当か』と尋ねた」
-なぜそんな質問を?
「当時、日本の右翼は朴正煕大統領をそのように見ていたからだ(朴正煕大統領は、かつて南労党加入などの容疑で無期懲役を言い渡され、その後、再審で刑の 執行停止により釈放された。兄の朴相煕〈パク・サンヒ〉は、46年の大邱暴動で死亡)。私が日本に戻ったら、ここに答えを出してやらねばならないので。朴 正煕大統領はこの質問に刺激を受けた。軍隊時代に調査を受けたが、金鍾泌(キム・ジョンピル)がうまく処理したので誤解を受けずに済み、兄は共産主義者か もしれないが尊敬している、というように答えた」
-最初の出会いの後、朴正煕側に付いたと理解しているが。
「朴 正煕大統領が右足を組んで座ったとき、靴底に穴が見えた。それは感動的だった。別れ際、大統領に、つけている時計を見せてくれないかと言った。当時、日本 にやって来てロレックスの時計を買い、『ハイト(白金)』と自慢していた高級官僚や政治家のことを思い出したからだ。大統領は『日本から部品を持ってき て、われわれが初めて組み立てたシチズンの時計だ。2年たっても時間がずれない』と言った。日本に戻って講演をするとき、大統領の靴と時計の話をした」
-現在、日本の政財界の雰囲気は、先生が交遊していた時期とかなり違っているのではないか。
「あの時代、日本の人々は、かつて自分たちがやったことを知っていて『韓国にこれはしてやらないと』『日本が我慢しないと』と言っていた。韓国がうまく いってこそ日本もうまくいく、という考えがあった。今はそうではない。戦後体制からの『脱却』、戦後体制を乗り越えようとしている。そういう中で、韓国人 がかつて日本人に言っていたように『お前の方が間違っていたのであって』という対応ばかりしていては駄目だ」
-安倍首相に関心が集まっているが、安倍首相の母方の祖父、岸信介元首相はどうだったか。
「狡猾(こうかつ)な、腹の内が読めない…政治家らしい政治家だった。太平洋戦争終盤の東条英機内閣で、岸信介は軍需省の次官を務めた。ところが岸は、戦犯として起訴されなかった。普段はぺこぺこしていた岸が、戦争予算に印を押すのを拒否して東条内閣を倒したからだ」
(え、これホント?)
-岸信介は「親韓派」に分類されているが。
「別の下心を隠していたのかもしれないが、岸は首相をやめた後も『韓日協力委員会』をつくって役割を果たした。私が水面下の作業をやって、延世大学から岸 に名誉博士号を贈った。授与式の会場で、牧師がこう祈りをささげた。『神よ、こんなことがありましょうか。ある時は戦えと言っておいて、今は恩恵を与えよ とおっしゃるのですか。しかし、許せとおっしゃるのなら、許しましょう』。岸は『本当に感動的な日』と言った。朴正煕政権時代、韓国から名誉学位をもらっ た日本人は『翰林(かんりん)会』、勲章を授与された日本人は『光化会』を自ら結成した。親韓派グループだったわけだ」
-安倍政権に対する展望は。
「大国は、過去の誤りを理解して反省することで1段階発展してきた。日本が反省しないなら、それは日本の損害であり、恥ずかしい国になるだけだ。そんな日本に、韓国がひれ伏してうまく合わせようとしてはならない」
-先生は何をしてきた人間なのか。
「韓日問題の専門家、学者、教授と呼ばれもしたが、自分自身を振り返ってみると、立派な学生だった。学びて然(しか)る後に無知を知る…」
崔普植(チェ・ボシク)先任記者
朝鮮日報日本語版2015.9.6
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/09/05/2015090500577.html
話自体は「毎度の韓国人」以上の何もないんだけども張徳秀暗殺事件、日本亡命、朴正煕の片腕
画像:http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=78895&thread=01r04
自宅の居室には「竭(けつ)忠報国(忠誠を尽くして国に報いる)」の額が掛かっていた。始林山人(韓国の初代副大統領、李始栄〈イ・シヨン〉の号)が崔書勉(チェ・ソミョン)少年に書き与えたものだという。
今では体が不自由になり、電動の車いすに頼る高齢者になったとはいえ、87歳の崔書勉氏にも「少年」と呼ばれた時代があったのだ。
「私が延禧専門学校(現在の延世大学)に通っていた19歳のときのことだった。『張徳秀(チャン・ドクス)暗殺事件』で投獄されると、当時の李始栄・副大統領がこの一文を送ってくれた。『熱心に勉強せよ(書勉)』という意味の『崔書勉』という名前も新たに付けてくれた。その名前のとおり、生涯かけて韓日関係史を勉強してきたわけだ」
-張徳秀暗殺(1947年)の首謀者というのは本当か。解放後、張徳秀が南側の単独政府樹立に同意したという理由で、銃撃されたと理解しているが。
「当時私は、金九(キム・グ)に従う韓国独立党(韓独党)傘下の、大韓学生連盟の委員長を務めており、2人の暗殺犯がその組織に加入していた。そういう関係しかなかった。もし私が介入していたら、事件が起きた日に逃げたはずで、そのまま家にいて捕まったりするだろうか。無期懲役を言い渡され、1年半後に刑の執行停止で釈放された」
その後は、張勉(チャン・ミョン)博士の秘書を務め、米軍の軍用機に乗って亡命し、東京で韓国研究院を 設立、さらには韓日関係史の貴重な史料・書籍など約20万点の収集、金大中(キム・デジュン)元大統領への後援、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の片 腕、日本政財界の人物を動かす「韓日外交の怪物」……。崔書勉氏自身が「現代史」なのかもしれない。風雲児のように時代を生き、ミステリアスな部分も多 い。
-金九から始めよう。金九はどういう人物なのか。
「行政家的な政治家ではなく、独立運動家として金九を見るべきだ。インドのガンジーは、行政的な意味ではネール(インドの初代首相)に劣る。しかし民族史的な意味で、ネールがガンジーに追い付くことはできない」
-金九は、南側の単独政府に反対した。南北交渉を推進して失敗し、北朝鮮に利用されたという評価を受けている。言わば、今の大韓民国政府の樹立に反対した人物になるわけだが。
「単独政府に反対したのではない。単独政府を立てるにしても、北朝鮮の金日成(キム・イルソン)とひとまず交渉してみてこそ、名分と代表性を手にすることができるという考えだった。実際、金九は今の韓国政府の樹立に決定な寄与を行った」
-どういう点を言っているのか。
「戦後処理構想を話し合うカイロ会談(1943年)に出席する前、蒋介石が金九を呼んだ。『この先、朝鮮問題が出るはずだが、私はどう言うべきか』。当時 は、植民地朝鮮を信託統治しようという雰囲気だった。金九は『信託統治をしたら、私はまたどこかに亡命しなければならない。朝鮮が直ちに独立することを願 うのみ』と答えた。カイロでは、蒋介石の提案で『朝鮮を適当な時期に』独立させると決定した。そのように動かしたのは、金九の寄与だった」
-李承晩(イ・スンマン)元大統領についての評価は。
「反対する側にいたが、尊敬されるべきだ。卓越した政治家だった。南側の単独政府は完成品ではなく、理想的なものでもなかったが、当時の現実において、それなりに評価されるべきだ。功罪は7対3だと思う」
-先生は、李承晩政権時代に張勉博士の秘書を務め、1957年に日本へ亡命したと理解しているが。
「監獄でカトリックに帰依し、盧基南(ノ・ギナム)大司教(韓国人初の司教)や張勉博士と会うようになった。そうした縁で、張勉博士の秘書として働いた。李承晩政権末期に、張勉勢力を除去しようとする工作があった。その情報を知って、この方々が私に『避けているように』と言った。米軍の軍用機で日本に密航した」
崔書勉氏が一人暮らしをしているマンションには、韓日関係の資料や書籍がぎっしりと詰まっている。韓国政府の研究機関や大学にも、崔書勉氏は少なからず貴重資料を渡した。とりわけ、安重根(アン・ジュングン)に関する資料を発掘した功績は大きい。崔書勉氏が日本の古書店で「安応七歴史」という本を入手したことにより、韓国で初めて「安重根伝」を出版することができた。
-日本で韓日関係史の資料収集をやるようになったきっかけは。
「当初、韓国を離れたとき、イタリアに行くことにしていた。日本でイタリア行きの手はずを整える間、国会図書館に通った。そこで、日本がこれまで蓄積した 韓国研究の資料を目にしたのだ。韓国人として恥ずかしかった。イタリア行きをやめて、5年間国会図書館で勉強した。そのうちに、韓国研究院を設立して、自 分でも資料を探し集めるようになった。東京・神田の古本屋通いで忙しかった」
-20万点の資料収集の財源はどこから出たのか。
「私が日本に行くときは、11号車だけだった」
-11号車?
「2本の足で行ったということ。しかし、神は日々の糧をお与えになった。食べるだけの人間には食べ物だけを与え、本をぜひとも必要とする人間には本まで与えた」
-中央情報部のエージェント役をすることで金を受け取っていたのか。
「日本でそのころはやった話だ。中央情報部の金だといわれそうなので、文教部(現在の教育部、「部」は省に相当)に申請して、国会審議を経て補助金をもらった」
-4・19(1960年4月19日。不正選挙に端を発したデモにより、当時の李承晩大統領が下野した事件)の後、張勉政権ができたとき、なぜ戻らなかったのか。
「張勉政権は長続きしなさそうだといううわさを聞いた。韓国からは『仕事をする人間がいないので、早く戻ってこい』と催促されたが、『1年だけ待ってみて戻ろう』と思った。あの方は、太平の世にあっては立派な宰相たる人物だったが、難局にはふさわしくなかった」
-いくらもたたないうちに5・16クーデター(1961年5月16日。朴正熙陸軍少将〈当時〉らによる軍事クーデター)で張勉政権が倒れた。
「私は日本で、反・朴正煕政権の講演をよくやって回った。70年代初め、当時日本に亡命していた金大中元大統領は、私のオフィスで暮らしていたようなものだった。朴正煕政権としては、日本との経済協力が必要な時期だったので、頭を痛めたことだろう。当時、金山政英・駐韓日本大使が朴正煕大統領に『崔書勉と一度会ってみるべき』と勧めたので、私が青瓦台(韓国大統領府)に呼ばれた」
-日本大使がそんな役割を果たせるのか。
「金山大使は在任中(68-72年)、韓国のために多くの役割を果たした。韓日関係がおかしくなったら日本外交は全て役に立たない、という哲学を持ってい た人物だ。ある日、朴正煕大統領が『一杯やろう』と青瓦台に金山大使を呼び、『日本大使も韓国を助けるべきだ。浦項製鉄の建設に関して返事がもらえなけれ ば、戻ってくる必要はない』といって、佐藤栄作首相宛ての親書を託したこともあった。金山大使は『韓国に葬ってほしい』という遺言を残していたので、97 年に韓国のカトリックの墓地に埋葬された」
-ともあれ、金山大使のあっせんで会った朴正煕大統領の第一印象はどうだったか。
「青瓦台に入ると、ちょうど国務会議(閣議に相当)が終わったところらしかった。会議のため応接室に持っていったソファを、運んでいる最中だった。朴正煕 大統領もソファを運ぶ手伝いをしていた。その後、いすに座って『日照りだったが、きょう雨が何ミリか降り、大田まで田植えをやった。もう少し降りさえすれ ば、水原までできるだろう。崔院長が来て、雨も降ってくれたので、感謝している』と言った。妙な気分だった」
-どういう対話を交わしたのか。
「朴正煕大統領に『共産主義者というのは本当か』と尋ねた」
-なぜそんな質問を?
「当時、日本の右翼は朴正煕大統領をそのように見ていたからだ(朴正煕大統領は、かつて南労党加入などの容疑で無期懲役を言い渡され、その後、再審で刑の 執行停止により釈放された。兄の朴相煕〈パク・サンヒ〉は、46年の大邱暴動で死亡)。私が日本に戻ったら、ここに答えを出してやらねばならないので。朴 正煕大統領はこの質問に刺激を受けた。軍隊時代に調査を受けたが、金鍾泌(キム・ジョンピル)がうまく処理したので誤解を受けずに済み、兄は共産主義者か もしれないが尊敬している、というように答えた」
-最初の出会いの後、朴正煕側に付いたと理解しているが。
「朴 正煕大統領が右足を組んで座ったとき、靴底に穴が見えた。それは感動的だった。別れ際、大統領に、つけている時計を見せてくれないかと言った。当時、日本 にやって来てロレックスの時計を買い、『ハイト(白金)』と自慢していた高級官僚や政治家のことを思い出したからだ。大統領は『日本から部品を持ってき て、われわれが初めて組み立てたシチズンの時計だ。2年たっても時間がずれない』と言った。日本に戻って講演をするとき、大統領の靴と時計の話をした」
-現在、日本の政財界の雰囲気は、先生が交遊していた時期とかなり違っているのではないか。
「あの時代、日本の人々は、かつて自分たちがやったことを知っていて『韓国にこれはしてやらないと』『日本が我慢しないと』と言っていた。韓国がうまく いってこそ日本もうまくいく、という考えがあった。今はそうではない。戦後体制からの『脱却』、戦後体制を乗り越えようとしている。そういう中で、韓国人 がかつて日本人に言っていたように『お前の方が間違っていたのであって』という対応ばかりしていては駄目だ」
-安倍首相に関心が集まっているが、安倍首相の母方の祖父、岸信介元首相はどうだったか。
「狡猾(こうかつ)な、腹の内が読めない…政治家らしい政治家だった。太平洋戦争終盤の東条英機内閣で、岸信介は軍需省の次官を務めた。ところが岸は、戦犯として起訴されなかった。普段はぺこぺこしていた岸が、戦争予算に印を押すのを拒否して東条内閣を倒したからだ」
(え、これホント?)
-岸信介は「親韓派」に分類されているが。
「別の下心を隠していたのかもしれないが、岸は首相をやめた後も『韓日協力委員会』をつくって役割を果たした。私が水面下の作業をやって、延世大学から岸 に名誉博士号を贈った。授与式の会場で、牧師がこう祈りをささげた。『神よ、こんなことがありましょうか。ある時は戦えと言っておいて、今は恩恵を与えよ とおっしゃるのですか。しかし、許せとおっしゃるのなら、許しましょう』。岸は『本当に感動的な日』と言った。朴正煕政権時代、韓国から名誉学位をもらっ た日本人は『翰林(かんりん)会』、勲章を授与された日本人は『光化会』を自ら結成した。親韓派グループだったわけだ」
-安倍政権に対する展望は。
「大国は、過去の誤りを理解して反省することで1段階発展してきた。日本が反省しないなら、それは日本の損害であり、恥ずかしい国になるだけだ。そんな日本に、韓国がひれ伏してうまく合わせようとしてはならない」
-先生は何をしてきた人間なのか。
「韓日問題の専門家、学者、教授と呼ばれもしたが、自分自身を振り返ってみると、立派な学生だった。学びて然(しか)る後に無知を知る…」
崔普植(チェ・ボシク)先任記者
朝鮮日報日本語版2015.9.6
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/09/05/2015090500577.html
個人的に気になるところ
吉田氏によれば、40年に朝鮮の民族主義者で日本の民間人を殺害した金九(キム・グ)を輸送した罪で逮捕され懲役2年の刑を受けたという。ただ、吉田氏は、現代史家の秦郁彦氏に対し、罪名はアヘン密輸にからむ「軍事物資横領罪」であることを告白している。
吉田清治の正体は?
吉田清治の正体は?
米軍の軍用機で日本に密航
金大中は私のオフィスで暮らしていた
(´・ω・`)闇が深いなぁ
参考
『国際韓国研究院の崔書勉院長 「安倍首相を見るとヒットラーが想起される」』
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/wildplus/1369179264/
(´・ω・`)だめだコリア
多文化強制した結果→川崎汚鮮
5日、桜本で
ハルモニも怒 安保反対デモ企画
「戦争は差別を生む」
在日コリアンの高齢者クラブ「トラヂの会」のハルモニ(おばあちゃん)たちが、安倍政権が成立を目指す安全保障関連法案に反対する抗議のデモ行進を5日、桜本で企画する。「戦争は差別を生んでいる」と訴える。
関連法案反対のデモが国会議事堂前をはじめ、全国各地で開かれている。そんな様子がテレビや新聞で報じられるたびに「いてもたってもいられなくなった」と 会員の一人は語った。本来なら、市民団体が開くデモや集会に駆けつけたいというが、体力的にきつい。ならば、地元桜本で声を上げようと、デモ行進を企画し た。
別の会員は「朝鮮人は戦前、徴用で渡日し鉄道やダム建設、炭鉱現場で働かされた。創氏改名までしたが、戦争が終わってしまった。今 度は日本で暮らすようになるとひどい差別を受けた」と語り、「二度とこんな思いはしたくない」と力を込めた。入管法が厳しくなるなど外国人が居づらくなる ような昨今の状況にも恐ろしさを感じるという。
デモはトラヂの会の約40人とその支援者計100人規模で企画。午後2時30分から桜本 保育園でリレートークを行い、3時30分から桜本商店街をデモ行進する。「せんそうをとめよう」「こどもをまもろう」「せんそうはんたい」と書いたうちわ を手にして練り歩く。同会では賛同者も広く募っており、参加希望者は、当日現地集合。
タウンニュース神奈川区版2015.9.4
http://www.townnews.co.jp/0206/2015/09/04/298060.html
(戦争が差別を生んだっていう理屈がよく分からんのだが)ハルモニも怒 安保反対デモ企画
「戦争は差別を生む」
在日コリアンの高齢者クラブ「トラヂの会」のハルモニ(おばあちゃん)たちが、安倍政権が成立を目指す安全保障関連法案に反対する抗議のデモ行進を5日、桜本で企画する。「戦争は差別を生んでいる」と訴える。
関連法案反対のデモが国会議事堂前をはじめ、全国各地で開かれている。そんな様子がテレビや新聞で報じられるたびに「いてもたってもいられなくなった」と 会員の一人は語った。本来なら、市民団体が開くデモや集会に駆けつけたいというが、体力的にきつい。ならば、地元桜本で声を上げようと、デモ行進を企画し た。
別の会員は「朝鮮人は戦前、徴用で渡日し鉄道やダム建設、炭鉱現場で働かされた。創氏改名までしたが、戦争が終わってしまった。今 度は日本で暮らすようになるとひどい差別を受けた」と語り、「二度とこんな思いはしたくない」と力を込めた。入管法が厳しくなるなど外国人が居づらくなる ような昨今の状況にも恐ろしさを感じるという。
デモはトラヂの会の約40人とその支援者計100人規模で企画。午後2時30分から桜本 保育園でリレートークを行い、3時30分から桜本商店街をデモ行進する。「せんそうをとめよう」「こどもをまもろう」「せんそうはんたい」と書いたうちわ を手にして練り歩く。同会では賛同者も広く募っており、参加希望者は、当日現地集合。
タウンニュース神奈川区版2015.9.4
http://www.townnews.co.jp/0206/2015/09/04/298060.html
ハルモニも「戦争反対」 在日1世、安保法案撤回求めデモ参加
在日コリアンも戦争反対-。安全保障関連法案の撤回を求めるデモ行進が5日、川崎市川崎区で行われた。先頭に立ったのは、この地域に住む在日1世のハルモニ(おばあさん)たち。日本による植民地支配、戦争、差別に苦しんだ人生が、その背を押した。
民族衣装のチマ・チョゴリに身を包んだり、車いすに乗ったりした40人のハルモニがデモの先頭を歩いた。近隣住民をはじめ、在日への差別に抗議する活動に取り組む人や安保法案に反対する学生団体「SEALDs」のメンバーなど、世代を超えた人々が列に続き、計200人が民族楽器チャンゴのリズムに合わせ「平和が一番、平和を守れ」「戦争反対、絶対反対」とコールを響かせた。
日本の植民地支配に始まる苦難の日々を送ってきたハルモニたちは、平和の尊さを身をもって知る。「日本が戦争する国になろうとしているのを知り、痛い脚、曲がった腰を忘れて立ち上がった。若者を戦争に送ってはならない」と沿道に呼び掛けた。
デモを企画したのは、在日高齢者の交流グループ「トラヂの会」。国会前で抗議集会を展開する学生に触発され、「国会前にはいけないので、地元から発信しよう」と一念発起した。
デモに先立ち戦争体験を語るリレートークも行われ、川崎で在日への差別をあおるヘイトスピーチに反対する活動を行っている女性(47)は「1世の人たちが苦労してきた話を聞き、差別と戦争がつながっていることがよく分かった。これからも平和のために差別反対の声を上げていきたい」と思いを新たにしていた。
カナロコby神奈川新聞2015.9.6
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150906-00003604-kana-l14
在日コリアンも戦争反対-。安全保障関連法案の撤回を求めるデモ行進が5日、川崎市川崎区で行われた。先頭に立ったのは、この地域に住む在日1世のハルモニ(おばあさん)たち。日本による植民地支配、戦争、差別に苦しんだ人生が、その背を押した。
民族衣装のチマ・チョゴリに身を包んだり、車いすに乗ったりした40人のハルモニがデモの先頭を歩いた。近隣住民をはじめ、在日への差別に抗議する活動に取り組む人や安保法案に反対する学生団体「SEALDs」のメンバーなど、世代を超えた人々が列に続き、計200人が民族楽器チャンゴのリズムに合わせ「平和が一番、平和を守れ」「戦争反対、絶対反対」とコールを響かせた。
日本の植民地支配に始まる苦難の日々を送ってきたハルモニたちは、平和の尊さを身をもって知る。「日本が戦争する国になろうとしているのを知り、痛い脚、曲がった腰を忘れて立ち上がった。若者を戦争に送ってはならない」と沿道に呼び掛けた。
デモを企画したのは、在日高齢者の交流グループ「トラヂの会」。国会前で抗議集会を展開する学生に触発され、「国会前にはいけないので、地元から発信しよう」と一念発起した。
デモに先立ち戦争体験を語るリレートークも行われ、川崎で在日への差別をあおるヘイトスピーチに反対する活動を行っている女性(47)は「1世の人たちが苦労してきた話を聞き、差別と戦争がつながっていることがよく分かった。これからも平和のために差別反対の声を上げていきたい」と思いを新たにしていた。
カナロコby神奈川新聞2015.9.6
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150906-00003604-kana-l14
神奈川だからきっとそうだろうと思って検索したらやっぱりそうだった
http://www.seikyu-sha.com/fureai/?cat=18
社会福祉法人 青丘社
つい最近書いたばかりの李仁夏氏(故人)のところですね
→坂中英徳と多文化強制センター
(一部抜粋)
地域に根ざした活動をする一方で、李さんたちは法律上での民族差別撤廃に向けての運動も進めていく。1974年、在日外国人には支給されていなかった児童手当を要求することから始まり、就学案内の要求、要保護世帯の奨学金制度問題などに取り組んだ。
これに対して川崎市は国に先駆けて国民健康保険制度の国籍要件を外し、1975年には外国籍をもつ人の市営住宅入居を認め、市の財源から児童手当の支給に踏み切るなど、数々の先進的な施策を打ち出し、全国の自治体に大きな影響を与えたのである。
こうした一連の動きのなかで、外国人の地方参政権を要求す る声が高まってきたのは自然な流れだったといえるだろう。李さんたちは「要求から参加へ」を合言葉に働きかけを続け、その結果1994年に国に向けた定住 外国人の地方参政権の意見書が川崎市議会で採択され、さらに1996年、全国に先駆けて「川崎市外国人市民代表者会議」が発足した。外国籍をもつ住民が市長任命の諮問機関のメンバーとしてさまざまな提言をし、市条例によって独自性・独立性(調査権)を保障されるという、それまで事実上は一市民でありながら行政にはまったく関わることができなかった在日外国人にとって、そして行政側にとっても画期的なことである。
http://www.jinken.ne.jp/kyousei/lee/index_b.html
どうですか
これが坂中英徳氏の言うところの
「国籍、民族を問わず、すべての人に機会均等を保障し、「外国人が将来に希望を持てる社会」」の中身ですよ
しかもまだ足りないと言ってるわけで
ところがですね
幼いころに父を亡くし、14歳のころ、先に日本で働いていた兄を頼って母とともに海を渡った。
終戦の年の秋、家族と朝鮮半島に戻ったが、母と夫を相次いで亡くした。そして1950年、朝鮮戦争が勃発。幼い長女をおんぶし、砲火の下を逃げ回った。
仕事を求めて再び日本へ渡った。
画像→http://hosyusokuhou.jp/archives/45327906.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015090602000119.html
(´・ω・`)この人達に日本が公的に配慮しなきゃいけない理由が一つでもあるんですかね?
そりゃご苦労はなさったんでしょうけどさ
主張は嘘ばっかり
多文化といいつつ自文化だけ
こんなの共生って言わねぇよ
日本人の「外国人」観は悪くなる一方だ。そうなると、外国人の受け入れで人口減少問題を解決しようとする道を閉ざすことになりかねない。
と坂中氏は書いてるが、坂中氏らのやらかしたことが原因ですでに外国人観は最悪です
移民反対!怒りで #ふるえる
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