はじめにー韓国はいま「内戦」状態にある
より一部引用

p2~3
  韓国の「反日」もこの二つの立場でまったく中身が違う。一つは、韓米日同盟の枠組みの維持強化を求める立場からの「反日」だ。この立場に立つのは韓国の保 守・主流勢力で、彼らは1948年の建国以降、この韓米日同盟の中で大韓民国は自由民主主義国家として共産勢力の軍事的脅威を斥け、経済発展と民主化を達 成したと位置づける。
 その上で、韓国側から見て日本が韓米国日同盟の一員としてふさわしくない行動をとる時、また個別の経済的利害関係などで衝突がある時日本を批判するという「反日」だ。
 例えば、2005年5月、東京大学が主催し「朝日新聞」とトヨタ財団が後援する国際会議に、金大中前大統領が招かれ記念講演を行った。NHKもその頃、金大中前大統領を持ち上げる番組を放映した。
 この一連の動きを見て韓国保守派のあるリーダーが私に、
「金 大中という男は南北首脳会談の代価として5億ドルのワイロを金正日に贈り南方三角同盟を裏切った人物だ。『朝日新聞』とのインタビューで、原敕晁さん拉致 実行犯の辛光洙を日本でなく北朝鮮に引き渡し、拉致問題解決を邪魔した件について『自分は知らなかった』などと白々しい嘘の答えをしていた。ところが、日 本の政治家、学者、専門家、マスコミ、国民の大多数がいまだに金大中を民主化運動家、日本文化の輸入を解禁した親日家などという虚構のイメージで見てい る。このような日本に対して韓国の保守派は反日感情を抱くのだ」
 と語っていた。

何を勝手なことを
と思っていたのだが....

【wiki】文世光事件
文世光事件(ムン・セグァンじけん、문세광 사건)は、1974年8月15日に大韓民国(韓国)大統領・朴正煕の夫人、陸英修が在日韓国人の文世光によって射殺された事件で ある。 同時に、式典に合唱団の一員として参加していた女子高生・張峰華(当時17歳)も、朴大統領に迫る犯人に向けて応戦した大統領警護室のセキュリティポリス が撃った流れ弾に当たり、事故死した。この日は日本からの解放記念日である光復節の祝賀行事がソウルの国立劇場であり、朴夫妻がその行事に出席している時 の出来事であった。
(つまり朴槿恵大統領のお母さんですね:筆者)

事件
「土台人」となって赤化統一を目指した文は1973年10月ごろ、朴の暗殺計画を思い立った。同年5月、大阪湾に停泊中の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の万景峰号の船中で、朝鮮労働党対外連絡部の工作指導員から朴射殺の指令を受けた。

1973 年11月に香港を旅行した際に暗殺実行の為の拳銃の入手に失敗した事から、1974年7月18日に大阪市南区(現在の中央区)の高津派出所で拳銃2丁を盗 み、高校時代の知人である日本人女性を利用して、女性の夫名義による韓国への偽造ビザや偽造パスポートを作成するなど準備を着々と進め、同年8月6日に拳 銃をトランジスタラジオの中身を抜いたケースにしのばせ韓国に入国した。文に狙撃を指令し資金を供与、偽装パスポートの作成指示、射撃訓練を行ったのは、大阪の在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)生野支部政治部長の金浩龍(キム・ホヨン)だった。

事件捜査
日本側
事件翌日の8月16日に、大阪府警察本部は前述の日本人女性を旅券法違反の容疑等で逮捕すると同時に、文の自宅を捜索した。その際、大統領暗殺宣言と韓国革命を主張した「戦闘宣言」と題した論文や、盗難された拳銃2丁のうち1丁と弾丸などの証拠品を発見、押収した。
韓国側
8月17日に捜査当局は、事件は朝鮮総連の指令、援助によって実行されたもので、逮捕された日本人女性とその夫、並びに金浩龍が共犯者であると発表し、日本政府に対して捜査協力を要請した。これに対して日本政府は、事件と朝鮮総連の関係は明白ではないとして慎重な姿勢をとっていたものの、国内法の許す範囲で捜査に協力することを決定した。

影響
その後の日韓関係
この一連の事件の為、日韓関係は国交正常化後、最悪の状態に陥った。韓国側の捜査によれば、朝鮮総連の関与は明白であったにも関わらず、日本側がそれを明確に認めなかった事、文が所持していた拳銃が大阪府内の派出所より盗まれた物であった事による。

謝罪のない日本側に対し、朴は「日本は本当に友邦なのか?」と問いただし、ついには「中共だけが一番なのか。(日本と断交しても)安保、経済に問題はない」、「日本は赤化工作の基地となっている」という言葉まで出た。しかし、大統領の側近が「このまま断絶してしまえば、今までの苦労が水の泡になってしまう」と説得し、日韓双方で、
日本政府が遺憾の意を表明する。
かかる事件の再発防止。
捜査についての日本政府の協力。
日本から特使派遣の合意をすること。
という内容で合意し、最悪の事態はまぬがれた。

事 件から4日後の8月19日に執り行われた葬儀(国葬)において、式を終えて涙を拭いながら青瓦台へ戻る軍服姿の朴の映像が日本においても配信され、日本か らは田中角栄首相が出席した。その際、田中の「えらい目に遭われましたね」という言葉に、大統領は憤慨したと言われている。

加えて、8月 29日に木村俊夫外相が国会答弁の中で「客観的に見て、韓国には北朝鮮による脅威はない」と述べたことで、かねてから日本国内で引き起こされた金大中事件 に対する日本からの非難を受けたことにより鬱積していた反日感情が一気に爆発、連日日本大使館前には抗議のデモ隊が押し寄せ、9月6日には群衆が日本大使 館に乱入し日章旗を焼き捨てる事態にまで発展した。その後急速に関係は悪化し、国交断絶寸前にまで至った。

事態を見かねた日本政府は、9 月19日に自民党親韓派の重鎮として、韓国国内でも評価の高かった椎名悦三郎副総裁を政府特使として訪韓させ、日韓の友好関係を改めて確認することによっ て、両国間での問題決着がはかられた。朴は椎名特使との面談の席上で、「日本政府が私達を友邦と考えるなら、喪中にある大統領一家や国民が悲しみと怒りに 満ちているこの時に…」とし、「日本が引き続き、こんな風な姿勢を取れば、友邦とは認められないのではないか」、「(日本の姿勢は)政治と外交、法律に関 係なく、東洋の礼儀上、ありえない事」、「日本外務省には秀才やエリート官僚が集まっていると聞いたが、どうやってこのような解釈ができるのか」など、激 しい言葉で日本を糾弾した。退出した椎名は「長い公職での人生で、これほど罵倒されたことはなかった」と憤懣やるかたない表情で語り、付き添っていた金鍾 泌首相があわててなだめる一幕もあったという。

韓国側はこの事件の処理に強い不信感を抱き日本政府側が求めた金大中事件の容疑者引渡し等の全容解明を拒否し、事件の解明要求と引き換えに曖昧な政治決着で問題解決を図ろうとしたと言われている。

なお、日本を「赤化工作基地」とみなす認識は、反共的な韓国の保守派・右派にとっては長らく反日感情の源泉となった。

北朝鮮のその後の動き
この事件は金正日に「在日韓国人がテロを起こしたらどのようになるか」という考えをもたらし、それが大韓航空機爆破事件で、2人の北朝鮮工作員を日本人化させ、結果として日韓関係を打ち砕こうとする策略のヒントをもたらしたと言われる。
2012 年7月5日の日本での講演会で『統一日報』社長の姜昌萬は、この事件以降、北朝鮮による日本における対南工作を、韓国人から日本人に切り替える政策転換を したのではないかとの見方を提出している。対南工作とは、北朝鮮による南朝鮮(韓国)工作のことで、朝鮮半島の赤化統一、共産化統一にもとづく工作のこと である。姜は「如何にして済州島まで共産化するか、ということが彼らの基本的な路線です。その中で日本が対南工作の基地になったわけです」と同講演会で述べている。
1970年の第5次党大会でナンバー2の権力を得た金正日が、当時対南工作の指揮をとっており、日本人拉致などもこのような韓国人から日本人へと工作対象を変換したことと関連していると姜は指摘している。


そもそもなぜ日本に在日朝鮮人がいるのかといえばこれは日本人漁師を拘留して人質にして日韓地位協定を結んだからだし
釜山収容所 拿捕された漁船乗組員のその後
北送阻止隊なんてテロリストを送り込んでまで北朝鮮帰還事業を妨害したにも関わらず自国民を引き取ることはしなかったからだし
北送阻止隊

日本のせいにされてもねえ

というのが基本としてあるが 
日本は赤化工作の基地となっている」これもまた事実である

40年前の朴槿恵大統領
朴槿恵朴正熙陸英修
(左から陸英修・朴槿恵・朴正煕)
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2013050343498 

眞悟の時事通信バックナンバー(西村眞悟議員)
『この無防備国家・・・文世光事件の教訓』2010.6.24
http://www.n-shingo.com/jijiback/352.html
後半より引用

そこで、この文世光事件を可能にした我が国の体制であるが、これが現在も全く改まっていないのである。つまり、無防備体制が改まっていない。
  韓国政府は、事件から三十年を経てから外交文書を公表した。それによると、韓国政府は事件の三ヶ月前に朝鮮総連の規制を求める口述書を日本政府に提出して いたのだ。何故なら、口述書によると、一九五三年から七四年の四月までに、日本から韓国に入国して検挙された北朝鮮スパイは二百二十名に達していたからで ある。
 韓国政府は、文世光事件を受けて、日本政府が口述書で韓国が要請したとおりの措置を執っていれば事件は防げたとした上で、日本政府に強制捜査と犯人引き渡し、朝鮮総連の反韓国的活動の取り締まりを求めた。
  しかし、時の田中内閣は、日中の次は日朝の国交回復と位置づけて、文に朴大統領を狙撃せしめた朝鮮総連生野支部の金浩龍を逮捕せず、文の狙撃訓練場となっ た赤不動病院にも工作活動の母体である朝鮮総連にも強制捜査に入らず、文に対する最終的な狙撃指令の場所となった万景峰号も日本に入港するにまかせて放置 した。
 田中内閣は、「日朝国交樹立=賠償利権」に目がくらみ、韓国政府の当然の要請をすべて無視して、「不作為」を決め込んだのである。
 従ってその時、韓国の朴大統領が、日本を韓国赤化工作基地と非難したことは極めて適切である
 仮にあの時に、日本政府が当然に為されるべき上記の措置をすべて実施するとともに、北朝鮮の工作活動を防ぎ得なかった我が国体制の欠陥是正、即ち、「スパイ防止法」の制定を実現しておれば、北朝鮮の工作活動が把握できるようになった。 
 そして、北朝鮮の為すがままに実行された日本人拉致やビルマのアウンサン廟の爆破①、さらに、大韓航空機爆破も防ぎ得たのである。

 しかし、あれから三十四年、日本政府はひたすら不作為を貫いてきた。従って、日本の無防備体制は何も変わっていない。
  今の福田内閣はあの時の田中内閣と同様に、日朝国交樹立と賠償利権をねらう勢力(超党派)に押されて、我が国をねらう核を持つ「闇の世界」を容認して制裁 の緩和に踏み出そうとしている。 しかし、福田内閣は、ここ数年間の拉致被害者救出国民運動の力と広がりを見くびってはならない。
 政府は変わらなくとも、国民は決定的に変わってきている。
 国民は、皆、今我が国が「闇の世界」を容認すれば、拉致された被害者をその闇から助け出すことができなくなると分かっている。
 従って、現内閣が、日朝宥和に進めば内閣の支持率が上昇するなどと考えているとすれば、全くの見当違いである。決然と、我が国の拉致被害者解放要求を貫いてこそ内閣の存在理由が明確になるのである。存在理由の明確化は、支持率を上昇させる。
 国民は、多くの同胞の拉致の悲劇を目の当たりに経験し、最近の長野で発生した無法地帯を観て、これ以上の無防備体制の継続に耐え難くなっている。
 国民は、港の岸壁で朝鮮総連の赤旗と音楽に歓迎され、デッキで「喜び組」が手を振って入港する万景峰号など見たくもない。

万景峰号入港
(2003.8.25)
http://www.yomiuri.co.jp/features/eank/200308/ea20030825_41.htm 

参考
朴槿恵vs従北勢力
なでしこ優勝の陰の功労者、在日企業家・文弘宣氏 ←①アウンサン廟爆破(ラングーン事件)