「アンブロークン」が「奴隷収容所」だという大森捕虜収容所のクリスマス大演劇「シンデレラ」はこんなにすごいショーだった!
- 2015/06/18
- 11:01
すでにこのブログで、昭和19年のクリスマスに大森捕虜収容所で上演された劇「シンデレラ」の話を何度もした。
ものすごく素晴らしい芝居だったという評判ではあったが、具体的にどんな劇だったのかは、ほとんど不明だった。
しかし、先日届いた英陸軍工兵Derek Clarkeの「No Cook's Tour」にその内容が書かれていた。
Derek Clarke, No Cook's Tour |
映画「アンブロークン」で再現された「シンデレラ」は、小学生のお楽しみ会レベルの芝居だったが、もちろんそれとはまったく比較にならない。
当時の記録や他の捕虜の回想と若干異なる部分もあるが、やはり「タイムマシンで過去に遡れるならば、私もその場に行って見てみたい!」と思うような内容だった。
以下はその抄訳である。
大森捕虜収容所が、「アンブロークン」の著者、ヒレンブランドが主張するような、捕虜たちが連日過酷な労働や飢餓に苦しみ、人間扱いされない「奴隷」の収容所だったのか、読めばわかるだろう。
なお、このブログの「大森捕虜収容所のクリスマス」というカテゴリに、過去の記事があるので、そちらにも目を通してもらえると、さらに理解が深まると思う。
クリスマスが近づくにつれ、我々はまた赤十字からの贈り物のことで頭がいっぱいになってきた。
噂によると、いつもよりたくさん慰問品が支給されるらしい。
そしてクリスマスにはパントマイム「シンデレラ」が上演される。
ボーエン-ジョーンズが脚本を書き、プロデュースした作品である。
バジーとハリー・ベリーはコーラスに加わることになっている。
著者クラークの大の親友、 英陸軍信号手ハリー・ベリー |
夜、彼らを見かけなくなったのは、リハーサルに参加しているからだ。
いろいろ聞くところによれば、芸達者な連中が大勢いて、すごいショーになるという。
バードこと渡邊軍曹は、いつものごとく怒りを爆発させることもあったが、我々のために尽力し、映画会社から衣装を借りるようなことまでしてくれた。
米軍による昼間爆撃が何度もあった。
それほど大規模なものではなかったが、夜間サイレンが鳴ることもあった。
空襲が日常的なものになってきたようである。
空襲時の注意事項が掲示板に張り出され、消火活動や救護など、役割が分担された。
我々は、「米軍よ、頼むからクリスマスの日にはこないでくれ」と祈る気持ちだった。
クリスマスイブの日、我々ははやる思いでキャンプに帰った。
すると、慰問品が詰まった箱が高く積みあげられていた。
夕食後、各自2箱の慰問品をもらった。
残りの2箱は新年用にとってあるということだった。
赤十字から支給された慰問箱の中身の一例 |
ほとんどの連中がすぐに箱を開け、チョコをかじったり、煙草をくゆらし輪っかを漂わせた。
またしてもその存在を忘れかけていた世界の、カラフルな包装紙やラベルに囲まれて、幸せな夢の世界に、牢の壁が消えていく。
「なあおい、俺のラッキーストライクとおまえのキャメルを交換しようじゃないか」
「おいヤンキー、俺のチューインガムとおまえのKLIM(Nestleの粉ミルク)を交換してくれないか」
去年の慰問品の、母国で普段目にするような品々を見たときも、おとぎの国に連れてこられたかのような気がした。
数々の慰問品を前に、アンディーは考え込んで、
「この贈り物はアメリカのセクシーな美女たちが、その麗しの手で詰めてくれたものなんだろうな。そう思うとたまんねえな」
と言うと、
「ブサイクなデブかもしれんがな」とハリー。
ハリーはアンディーのパンチをすばやくかわした。
アンディーが想像する赤十字の慰問品箱詰め作業 |
実際のアメリカ赤十字の慰問品箱詰め作業の様子 |
その日の夜、「シンデレラ」初演。
「シンデレラ」はチケットが支給されていた。
最初、私は初日には行かないつもりだった。
二日目が最高のパフォーマンスになると思ったからだ。
しかし、仲の良い連中が皆行くし、私もクリスマスでウキウキ気分になっていたので、行くことにした。
私は一張羅を引っ張りだし、レーズン、プルーン、角砂糖、チョコレートとタバコを包んで持って行った。
本国で芝居を見に行くのと同じような感じだ。もっともこの時の方がはるかにワクワクしていたが。
我々が劇場(風呂場)に着くと、すでに開場を待つ行列ができていた。
大森捕虜収容所の図。右下に劇場となったBATH HOUSEがある。 |
劇場に入ると、紫煙がもうもうと立ちこめている。
若い連中はジョークを飛ばして楽しそうだったが、ミック・キャラハンは連中を誘導して、後から来る人のためのスペースを作ろうとしていた。
「おまえら、そこでふざけていると邪魔だ。ひっぱたかれたくなかったらこっちへこい」
舞台に近い列は、観劇を希望する日本人の所員用に確保されていた。
それで私はそのすぐ後ろに座った。
場内は寒かったが、私は座ってチョコレートを食べながら、開演を待っていたので気にならなかった。
そうこうするうちに劇場は人いきれでだんだん暖かくなってきた。
捕虜の大工や電気工の連中のおかげで、とてもすばらしい舞台に仕上がっていた。
舞台の幕や、場内のいたるところに、クリスマスのデコレーションやヒイラギが飾り付けられていた。
キャンプのバンドによる前奏曲の演奏が始まった。
バンドマスターのレン・オースチンが指揮するこのバンドは、ホスピタルブルージャケットを着、白いマフラーを巻いていた。
英軍兵士が入院時に支給される外出用の青いジャケットを揃って身にまとい、白いマフラーを首に巻いたオオモリ・バンドの面々 |
劇場には、トミー(英国人)やヤンキー、ノルウェー人やオランダ人、日本人が大勢詰めかけていた。
トミー以外は誰もイギリスのパントマイム(無言劇ではない)をみたことがなく、我々は彼らがどんな反応を示すのか楽しみだった。
今、キャンプは英国人よりアメリカ人のほうがはるかに多い。
ミック・キャラハンが「ケイレイ!」と叫び、我々は全員起立した。
日本人が入ってきた。
村岸中尉(ジェントルマン・ジム)とバード(渡邊軍曹)、通訳、それに藤井軍医だ。
「休め」と村岸中尉が言うと、我々は再度腰を下ろした。
オーケストラが前奏曲を演奏し終わり、幕が開く。
シーンは、ハードアップ男爵のお屋敷。シンデレラが床を拭き掃除している。
シンデレラに「ピィー! フュー!」と口笛。仕込みの連中がそつなく仕事をこなす。
シンデレラは物語どおりのボロを身につけていたが、それでも「彼女」は最高にセクシーだった。
忘れかけていた本能が刺激される。
シンデレラ役、米陸軍輸送機パイロットの ロバート・タスケン少尉。渡邊軍曹と 柔道対拳闘の決闘をしかけたことがある。 |
召使いの「バトンズ」はカナダ軍の士官が演じた。
彼は「生まれた部屋はでっかいが、ご覧の通り、やつはチビ♪」という古い歌を歌った。
召使いバトンズ役のカナダ空軍飛行艇パイロット、 レオナルド・バーチャル少佐。 コロンボに接近する南雲機動部隊の第一発見者。 空母飛龍の零戦に撃墜され、捕虜に。 |
第一幕、男爵邸のキッチン。左から、意地悪姉妹レディー・ゴナ・リエール、クロード・ディ・リエール男爵、 バーテンダーのトニー?、意地悪姉妹レディー・ディア・リエール。 |
ハードアップ男爵を演じたのは、私と一緒に台湾からきたマクグラス大尉だ。
演技が達者だ。
舞踏会への招待状が届き、意地悪姉妹はバトンズが愛するシンデレラに散々意地悪をする。
そしてショーはプロの手によるとしか思えない脚本通り順調に、踊って歌って飛び跳ねて進行していった。
第一幕が終わり、幕が閉じると、ものすごい拍手。
満場の大喝采を博す、というやつだ。
アメリカ人たちの様子を見てみた。
ものすごく楽しそうで、余すところなくショーを楽しんでいる様子だった。
再度幕が開くと、フェアリー・ゴッドマザーが、きらびやかな音楽とともに現れた。
雷鳴がとどろき、場内が真っ暗に。
再び明かりがつくと、舞台にはシンデレラ。
いつでも舞踏会に出かけられる格好だ。
クリノリン・ドレスを身に纏い、バトンズが馬車をひく。
バトンズの衣装は召使いのそれそのものだ。
ブローカーの男、ダンと、間抜けな共犯者「オオモリ・ビル」が気の利いた言葉を発し、よろめき、歌う。
完璧なドタバタ喜劇だ。
前二列の無表情だった黄色い顔がはじけ、出っ歯をむき出しにして笑う。
そしてもちろん王子様はシンデレラと恋に落ちる。
王子様役の米陸軍爆撃機 パイロット、フランク・ティンカー中尉 |
意地悪姉妹は私がこれまで見た中で最高にヒドい、数々の意地悪をする。
幸せな恋人たちは、「オンリー・ア・ローズ」を歌う。
時計の針が0時を指す。
シンデレラは駆け出し、消えた。
銀色のスリッパを残して。
ハードアップ男爵はミツィー公爵夫人に恋をし、プロポーズした。
過去に4人の夫がいた彼女が、もう一人のセクシー「レディー」である。
彼女は「ヴェリア、森の魔法使い」の調べにのせて、プロポーズに返答した。
驚く男爵。
「男爵様、ああ、男爵様、私のお返事は…イエスです」
立っている人物左から、意地悪姉妹1、2、シンデレラ、侯爵夫人、不明、男爵、警察官?、ジプシー?、バーテンダー?、王子様、 しゃがんでいる人物左から、フェアリー・ゴッドマザー、バトンズ、ダンディーニ執事長。 右端に指揮者L.F.オースチンの姿が見えるので、楽団はこの位置で演奏していたのだろう。 |
最終幕では、王子様はついにシンデレラを見つけ出す。
召使いのバトンズはシンデレラとの別れに涙を流しつつも、彼女の幸せを祈った。
最後はフェアリー・ゴッドマザーがしめた。
「終わりよければすべてよし、ね」
鐘が鳴り幕が閉じると、観客は総立ちで拍手喝采。
何度か幕が開いては、役者たちが頭を下げた。
そして、プロデューサーのボーエン-ジョーンズが壇上に引っ張り上げられ、喝采を浴びた。
彼は短いスピーチで、我々や日本人の協力にも謝意を述べた。
我々が劇場からぞろぞろと出るときも、バンドはショーの時の曲を演奏してくれた。
これまで見た中で、最高のショーだった。
とても幸せな気持ちにしてくれた。
皆が皆、そう思っていた。
これほどのショーにこれまでお目にかかったことがなく、我々は存分に楽しむことができた。
いや、あれから何十年も経った今も、あんなショーには出会ったことがない。
私は今でも、あの「シンデレラ」が最高のショーだと思っている。
村岸中尉は消灯時間を12時まで延長してくれた。
私はベッドで、冷めたごはんと豚肉の缶詰を食べた。
さて、明日も「シンデレラ」を見に行くとするか。
【追加】
この「シンデレラ」で使用された音楽、「ヴェリア、森の魔法使い」や「オンリー・ア・ローズ」は、軍楽隊長のオースティンが芝居用に編曲したということだが、どんな曲なのだろうかと思い、youtubeで検索したら、それらしきものがあった。
「ヴェリア、森の魔法使い」Vilia the witch of the wood
オンリー・ア・ローズ Only a Rose
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